2006年 11月 23日
23 November 2006 / French Grasshopper - 6
[原文] 2006年11月23日の公式サイトの日記。
French Grasshopper - 6
インタビュー連続掲載の6回目、フランスの音楽雑誌に掲載されたもの。キーボードとレコーディングの専門誌らしく機材の話が多く出てきます。自伝の完成までにはあと3年ほどかかるそうです。


(今回のインタビューはフランスの「Keyboards & Recording Magazine」のChristophe Geudinにより2006年9月に行われたものだ)

[貴方は「IT'S HARD」以来24年ぶりとなるThe Whoのスタジオ・アルバムを携えて戻ってきました。これらの新曲を自分のソロアルバム用に取っておくのではなくThe Whoに提供したのはなぜですか?]

ソロアルバムを作りたいとは思うが、自分で宣伝しなくてはならないのが嫌なんだ。私はライブをするのは好きだ、でもソロ活動の場合は長いライブの間全て自分で歌うことになる。それを心から楽しんでいても、相当疲れてしまうということがわかった。最後にやったソロ・ツアーは1993年の「PYSCHODERELICT」の時で、素晴らしかったが疲労困憊した。The Whoなら楽にやれる。朝飯前だ。Rogerは私よりはつらいだろうと思うが、我々はその負担を分け合っている。

もしこの新作の曲がThe Whoに合わなかったとしたら、舞台か映画で使うことを考えていただろう。

[貴方は「LIFEHOUSE」以来多くのプロジェクトを進めてきましたが、この「Endless Wire」がその最終形となるのでしょうか?それともまだ続きがありますか?]

いつか終わりを迎える日が来るだろうか?私はこの先新しいアイデアが浮かぶだろうか?私はもう61歳で、このアイデアは物語そのものというよりも、むしろ私が何を信じているかということの反映であり、それはロック・ミュージシャン(全てのミュージシャン)が作品で表現していることだ。だが突き詰めていくと、私が曲を作る時のテーマはいつも同じものになってしまう。私が曲を作るのは、我々の両親の世代が感じた自分達の混乱や苦しみの戦後の否定によって我々の世代が受けた痛みを和らげたいからだ。その否定は我々の世代に真のトラウマを生み出したが、我々の子供もまたそのトラウマに悩んだかもしれない。現在の新しいバンドの曲には、時々怒りに襲われたり、両親のようになりたくないと願うような内容のものが確かにある。

[新作は初めてKeithとJohnの2人抜きで制作されたThe Whoのスタジオアルバムとなります。制作中にそのことによる違いを感じたりはしましたか?]

このアルバムはほとんど私1人で作った。JohnやKeithを必要だと思ったり、いなくて困ると感じたことはない。Rogerは我々の大事な友人Billy Nichollsのプロデュースの元にヴォーカルを加えた(だからRogerにも、私がそうしたように彼が一番やりやすい形で進めてもらった)。その方法でとても良い結果が出たと思っている。フルバンドによるライブの形で行うレコーディングも好きだが、この作品でそれを実行するとなると全てを最初からやり直さなければならなくなってしまう。我々を「バンド」として見てもらわなくては、という願望を満たす為だけに再度レコーディングを行う必要はないと考えている。我々はデュオであり、一緒にツアーを回ってくれる優れたミュージシャンにも事欠かない。

[「ENDLESS WIRE」ではどのような楽器を使っていますか?(遠慮せずに細かく教えて下さい!)]

ほとんどの曲はまずシンプルにアコースティックギターかピアノのトラックを直接Studerの8トラック・テープマシンにテープスピード15ipsのドルビーなしで録音した。使用したアナログ・テープはAmpex社の499だ。デスクは1066モジュールの古いNeveのブロードキャスト・デスクで、私はこのモジュールとデスクを1971年からずっと使っている。その後にベースとマンドリン、エレキギター、私のヴォーカル(後でRogerのヴォーカルと差し替えることも考えつつ)を加えた。バッキング・ヴォーカルを多く必要とする時には、24トラックのRADARシステム(かなり古いもので、たった16ビット/48kHzだが、様々な要因によってとても豊かな良いサウンドが得られる)を接続した。「WIRE & GLASS」ではわかりやすい歌詞とテンポ指示でスタートした。その頃からAbletonLIVEまたはSTYLUSを使ってシンプルなドラム・トラックを作り、その上にエレキギターやアコースティックギターを重ねた。それからそれらのサウンドをテープマシーンに移し、曲作りを進めていった。私はAppleコンピュータを愛用している。

MIDIの作業はDigital Performerをベースに進めた。ProToolsよりもこちらの方が自宅で行う作業に向いている。ピアノモジュールは良いサウンドを得る為にIVORYを使用しているが、MIDIでヤマハのアップライトピアノを弾くこともある。1~2年前までは大きなシンクラヴィア・システムを愛用しており、今もそのサウンドが気に入っているのだが、私の家ではあまりに場所を取り過ぎた(2つの高いタワーと巨大なトランスフォーマーから成る為)。現在は自宅近くにあるプロ用スタジオに設置しているが、今回のアルバムではシンクラヴィアは全く使っていない。

このアルバムでは私はヴァイオリン、マンドリン、マンドーラなど色々な楽器を演奏し、1970年以来久々にドラムも叩いた。楽しい時間だった。

ミキシングは24ビット/96kHzのProToolsHDシステムを使って行い、大抵はGenex DSDにミックスダウンする。アナログ・テープマシンの名機をいくつか持っているのでアナログ・テープへのミキシングを試してみたが、まるで1/2インチテープのように良いDSDサウンドの1インチテープ・ステレオマシンが見つかったのでそちらに移行した。

[「Fragments」はMethodソフトウェアを使用してレコーディングされたとのことですが、この革新的なソフトについてもう少し詳しく教えて頂けますか?どのように音楽が生み出されるのですか?ポイントは何ですか?]

EelPieはこのソフトウェアを使って作曲された作品を集めたアルバムをリリースする予定だ。このソフトは私の指示により、作曲者のLawrence Ball作の「Harmonic Maths」と呼ばれるアルゴリズムをベースにして、Dave Snowdonがプログラムを組んだ。私はこのソフトがどのように動いているかはわからないが、私が彼等に行った指示は単純なものだ。1人の人間がウェブサイトを訪れ、音楽を聞きたいと望む。そのウェブサイトはいくつかの簡単な質問を提示し、音やリズム、声などのインプットをするように求める。それにより世界に一つしかない曲の断片が生み出される。

このような曲のかけらがいくつも作られ、将来コンサートで演奏される日が来たら、我々皆が行ってきたことが一斉に称えられるだろう。

[貴方は60年代半ばにおいて自宅にホームスタジオを設置した最初のロック・ミュージシャンの一人です。その理由は何ですか?プロフェッショナル・スタジオでレコーディングを行うのは好きではなかったのですか?]

プロ用スタジオも好きだ。私は自分のスタジオを4つ所有しているし、さらに移動用スタジオもある(船に設置したスタジオがあるぐらいだ)。駄目なスタジオでも必ず何かしら良い部分があるから、全てのレコーディング・スタジオが気に入っている。ホームスタジオが欲しいと思ったから自宅に構築したというだけのことだ。

[70年代の終わりから80年代にかけてデジタル音楽が爆発的に広がりましたが、貴方はそれにどう対応しましたか?]

シンクラヴィアを購入し、世界でもいち早くハードディスク・レコーディングを取り入れた。そして私はインターネット(グリッド)の台頭を1971年に予言し、音楽のダウンロードが広がることも1985年にRoyal College of Artで行った講義で言い当てていた。これはそれほど大したことじゃない、何しろ1961年には既にEaling Art Schoolの私の先生達がアートの言語とツールをインターネットがどのように変えるかについて語っていたのだから。

[貴方はホームスタジオの機材をまめに新しくしますか?もしそうなら、一番新しいラインナップはどんなものですか?]

むしろできるだけ新しくしないように努めている。時間の無駄になることが多いからだ。だが時には必要となることもある。最近AppleマシンをG4からG5に変えたのだが、古いソフトウェアとオーディオカードを新しいマシンで使えるようにするのに何ヶ月もの間悪戦苦闘している。1967年にPepy Rushが私用に作ってくれたリミッターも未だに現役だ。だがEdirol(Roland)が新しく出したビルトインマイク付きステレオ・レコーダーは気に入っている。レコーディングで充分使えるデモがあっという間にできる優れものだ。

[フランスの家でもミキシングを行ったそうですね。フランスにもホームスタジオを持っているのですか?]

フランスではStuder AWS900+をメインに組んだ移動式のProToolsシステムを使った。フランスの家にもスタジオ・ルームがあることはあるが、ちゃんとした機材は置いていない。

[「SCOOP」シリーズの続編をリリースする予定はありますか?]

現時点では考えていない。

[ギタリスト達が気になっている質問です。貴方は以前SGのギターをよくカスタマイズしていましたよね。その作業を実際にしていたのは誰ですか?貴方ですか、Gibsonですか、それとも貴方のギター担当スタッフ?例えば、GibsonのギターにSchallerのチューニングキーを組み込むというようなことにGibsonは関わっていたのでしょうか?]

いや、彼等は箱から出したそのままのギターのことしか考えていないし
(?)、正直言ってギターの作りはかなり雑だった。私にとってSGはHi-Wattのスタックアンプで鳴らさない限り良い音が得られないギターで、今の私にはあのアンプは音がデカ過ぎる。ビブラートをかける為にネックを前後に動かしただけで壊れることもよくあった。当時はチューニングキーは標準のものを使っていた。今ではFender Custom ShopのStratocasterを愛用している。FenderのVibroKingアンプで弾けばパワフルな素晴らしい音が鳴る。最近Gibson Custom Shopが出した私のシグネチャー・モデルのSGも何本か持っているが、70年代と比べて格段に良くなった。見事なギターで、昔よりずっと力強い音が出るように感じる。

[本当に大切にしていたギターを破壊したことはありますか?]

1~2回ある。だがギターはただの道具に過ぎない。悲しいことだが、「芸術における破壊シンポジウム」の創始者の一人であるGustav Metzgerも提案しているように、ギターはブルジョアによってポップアートが量産されていく道具でしかない。私はもうこれ以上ギターをわざと壊すつもりはないが、これまで私が破壊したギターは、私のアーティストとしての役割をより確かな、より誠実なものにする為の声明の一環として壊されてきた。慎ましやかなギター制作者に対して時々申し訳なく思うが、こういう事情だから仕方ない。それよりもこの間の戦争の爆弾の方が私が想像もできないほど貴重な楽器を数多く破壊してしまっただろう。

[貴方は最近「もう決してギターを破壊しない」と宣言しました。自分の武器を守るということですか?]

ギターは武器ではないし、私の目には武器に代わるものにも見えない以上、私はもう二度とギターを壊したりはしない。

[新しいThe Whoのツアーが数週間前にアメリカでスタートしましたが、観客に新しい曲を披露することで刺激を受けたりはしますか?]

ああ、大いに受けている。だが我々のツアーは今年の6月にヨーロッパでスタートして、フランスでも2公演行った。新曲なしの状態ではツアーに出ようとは考えなかっただろう。

[The Whoのライブをウェブキャストする計画がRogerの反対により中止となりました。それについてはどのように感じていますか?将来CDやDVDの形でライブの模様を楽しむことができるようになりますか?]

問題ない、我々のライブは全て撮影されているので見たいと思う人はいずれ見られるようになる。ほとんどの公演はwww.themusic.comでDVDを購入することができる。

[Keith Moonの映画の制作に貴方個人は関わっていますか?]

無関係だ。

[自伝の執筆は進んでいますか?いつ発表されるか大体の予定は決まっていますか?]

書ける時にできるだけ書くようにしているが、毎日ある程度決まった時間執筆に専念できる時が一番はかどるようだ。3つの時期については書き上げたが、ようやくThe Whoがヨーロッパでオペラハウスを回って「TOMMY」を演奏するツアーの部分に到達したばかりだ。1969年のパリ公演のことは鮮明に覚えている。とても楽しい思い出だ。自伝は恐らく3年以内には出版されるだろう。

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by yukie909 | 2006-11-23 00:55 | diary


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