2006年 01月 12日
12 January 2006 / MOJO Magazine - my letter of apology
[原文] 2006年1月12日の公式サイトの日記。
MOJO Magazine - my letter of apology
イギリスの音楽雑誌「MOJO」の2006年2月号に掲載された最新インタビューにつき、説明不足の部分があったとして、Peteが同誌の編集部に送った謝罪メールの内容をアップしています。
まず、インタビューの中で問題の部分の簡単な翻訳は次の通りです。

◆ MOJO Feb 2006 P74
Dylanのロックンロールは馬鹿げたロックンロールだった、彼はロックなんてできやしなかった、今まで一度だってロックができた試しがない。それだけじゃなく、彼がロックをプレイする為に雇ったのは元Ronnie Hawkinsの古臭くろくでもないバックバンドだった!Ronnieはもう駄目だ、消えた奴だ、あのくだらないElvis Presleyやその他50年代の年取った馬鹿どもと一緒に姿を消した奴だ。

◆ MOJO Feb 2006 P72
The Marqueeに出演していた頃、俺達には"The Hundred Faces"という名前の取り巻きがいた。そのうちの一人はRogerのいとこで、路上での喧嘩で6人を殺した男だった。

そして、Peteの公式サイトのトップページにしばらくの間次のような謝罪コメントが載せられていました。

◆ front page apology
I hereby say SORRY to BOB DYLAN, THE BAND and RONNIE HAWKINS. Please, if you are a fan of these wonderful performers please read my diary entry about my comment about them in MOJO magazine this month.


以下の手紙が1月7日にeメールで送られ、受信された。

最新号の私のインタビューに関するものだ。


拝啓 「MOJO」編集部様

美しい装丁のWhoの表紙に感謝します。

取り急ぎ、私がブリティッシュ・ロックの草分け時代について語り始め、最後にはBob DylanとThe Band、その上素晴らしきRonnie Hawkinsまでもこき下ろしたように見える部分について説明させて下さい。

私は60年代初期のここイギリスにおいて、「白人による」ロックンロール守護者(Elvisまでも)がいかに「失敗に終わった」とみなされていたかを伝えたかったのです。今となってはとんでもない話だということはわかっています。我々は今も古い守護者を崇拝しています。Eddie Cochran、Elvis、Buddy Holly、The Everly Brothers、Ricky Nelson等の誰をも。しかし私を含む多くの人々は、我々が見習うべき相手はR&Bのアーティスト(そしてChuck Berry、John Lee Hooker、Bo Diddley、Jimmy Reed等の黒人アーティストだけ)だと信じ込んでいました。

私は自分のことをアコースティックのレコードをずっと作り続けてほしいとDylanに対して一時期望んだラッダイト
(※19世紀初頭のイギリスで機械化に反対した熟練労働者の組織)のひとりだったと考えていますが、Ronnie Hawkinsのバンドだったミュージシャン達をバックバンドとして雇った時のDylanは、暗闇を模索しているように見えました。彼等は私の目に古臭く映りました。そのバンドは後にモダン・ミュージック界で最も腕の立つグループとなりました。(そして私のジュークボックスには今もなおRonnie Hawkinsのレコードが入っています)Dylanは私の殊更な褒め言葉など必要としないでしょうが、彼やThe Bandが中傷の的となるような話の流れは決して意図していませんでした。(私のウェブサイトのトップページにある謝罪文をご覧下さい)

もう1点、こちらも恐らく同様に言い過ぎてしまった箇所があります。Quadropheniaの話題の時に私が語ったRogerの「いとこ」ですが、彼は本当にパワフルで、ハンサムで、とても格好良いホワイト・シティのモッドでした。しかし6人の男を殺したというのは真偽の疑わしい話で、口にするべきではありませんでした。何もしなくてもまるでウォンズワース刑務所の囚人のように見えるのはむしろ(MOJO Magazineの表紙の)Rogerと私です。

敬具

Pete

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by yukie909 | 2006-01-12 12:47 | diary


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