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2006年 09月 27日
27 September 2006 / Endless Wire official press release
[原文] 2006年9月27日の公式サイトのNEWS。
Endless Wire official press release
Pete自身による新作「ENDLESS WIRE」の曲解説。ところどころ表現が難しく、また後半のミニオペラに関する説明はPeteの小説「The Boy Who Heard Music」を読まないとわかりづらい部分がありました。


FRAGMENTS
この曲は私がシステム制作及びソフトウェア制作を依頼したLawrence Ballが挙げた最初の成果をベースにしている。このシステムとソフトによって、私の3作続いたロックオペラ・プロジェクトである「Lifehouse」(The Whoの作品、1972年リリース)、「Psychoderelict」(私のソロ作品、1993年リリース)「The Boy Who Heard Music」(ウェブログ小説、2005~2006年連載)にて描かれてきた「メソッド・ミュージック」(インターネットを通じて正確に個人の意見を反映させた音楽)を実現させることが可能となった。「The Boy Who Heard Music」では3人の若者がバンド「The Glass Household」を結成する。そしてそのバンドで最初に大ヒットとなったのがこの曲だ。

MAN IN A PURPLE DRESS
Mel Gibsonが2004年に監督を務めた、痛ましいストーリーの映画「パッション」
(※原題は『The Passion of the Christ』、キリストが十字架にかけられるまでの最後の12時間を描いた作品)を見た後、すぐに3曲ができあがった。これはそのうちの1曲だ。はるか昔からずっと続いてきた根本的な正義に対する非難を歌ったものではない。むしろ、信者達に教えを授ける為には人は馬鹿みたいな服を着込む必要があるということがいかに下らないか、疑問を投げかけた曲だ。神の代理となる人間は着飾らねばならないと言う考えに、私は承知しかねる。もし自分が頭がおかしくなり神に代わって何かを言うことがあったとしても、私ならただそれを言うだけにして、ドラッグ・クイーンのように着飾ったりはしないだろう。

MIKE POST THEME
最近The Whoの曲がテレビ番組に使われるようになっている。それを格好悪いと感じる人がいるのはなぜなのか、何度も考えた。Mike Postは数多くのテレビ番組のタイトル曲を作ってきた人で、その曲の数々は私の生活にもコンスタントに彩りを与えてくれたと思う。彼の曲を聞いていると、人生は1日1日の積み重ねで、大変な問題を軽くする助けになってくれるのは(例えばテレビのメロドラマのような)本当にささやかな物事だということを思い出す。
(※Mike Postは70年代から現在まで、「特攻野郎Aチーム」をはじめ数多くの刑事・アクションドラマの音楽を手がけたプロデューサー)この曲の背景にある大きなテーマは、我々はもう恋ができるほど強くも若くもないということだ。現実的に言えば、映画や小説、テレビドラマがあるおかげで、我々はかつて恋をしていた頃と同じように自分のありのままの感情を見せることができる。男たちはテレビや映画を見て静かに泣く。女たちはそれよりは少しオープンかもしれないが、そのような時に我々は無垢な心のままの気持ちを再認識するのだ。恋人といる時にもそれができさえすれば良いのだが。

IN THE ETHER
私の小説「The Boy Who Heard Music」ではRay Highがナレーターを務めている。ドラッグに溺れ、療養所に入ることになったロックスターだ。彼はそこで瞑想することを覚えたが、自分の意識をある地点に向かわせて安らかな心を得ようとすると、何者かが邪魔していると感じるようになった。それにはアマチュア無線や、現在のインターネットのチャット・ルームの前身ともいえる昔ながらの長波ラジオなどが使われているようだった。彼はそれ以外のものにも気づいていたかもしれないが、この曲は「精神的な存在」でいるのはどれほど孤独なことかを強調している。
もし精神的な存在になりたいと熱望している者が「無限の生命を持つ」ことを望んでいるとしたら、人生というものは一般に無限の対極にある「終わりがくるもの」なのだから、彼は深い孤独感を味わうことになるのではないだろうか?

BLACK WIDOW'S EYES
ラブソング。我々は時にそう望んでいないのに、またそのつもりもないのに恋に落ちることがある。前触れもなく、愚かだと知りながら。この曲の主人公はベスランの大虐殺
(※2004年にロシアで起こった事件。詳しくはwikipedia参照)において子供を抱いている男だ。彼は、「誰よりも鋭く美しい瞳を持って」いながら、自らの体を吹き飛ばし彼の腕の中の子供を殺した女性テロリストについて語っている。

TWO THOUSAND YEARS
「パッション」を見た後に作った3曲のうちの一つ。ユダは決してキリストを裏切った訳ではなく、彼の指示に忠実に従ったのだという事実について歌っている。彼は我々がその可能性について気づくまでに2000年の間待ち続けた。そして我々は新たなキリストの登場を2000年間ずっと待っている。かなりの忍耐が必要だ。

GOD SPEAKS, OF MARTY ROBBINS
とてもシンプルな曲だ。神は天地創造、つまりビッグバンの前には眠りについていた。それから気まぐれに目を覚まし、音楽を聞くためなら天地創造を実行する価値があると決心した。そして、何と言っても神の創造物の中で最高なものの一つはMarty Robbinsだ。
(※Marty Robbinsは1950年代~70年代に活躍したカントリー界の大スター)

IT’S NOT ENOUGH
Bridget Bardotが出演しているJean Luc Godardの60年代の映画「軽蔑」を見ていて、最高の相手だと感じていない人をパートナーに選んでしまうのはどうしてだろうと自分が考えていることに気づいた。Bardotは恋人に訊ねる。「私の足、好き?」彼はうなずく。「胸は?」彼はうなずく。「腕は?」彼はうなずく。彼女は自分の体中すべてについて彼に訊ね、彼はその質問の全てにうなずく。最後に彼女は立ち上がって彼にこう言う。「足りないわ」

YOU STAND BY ME
ロンドンにある私のスタジオで行っている、パートナーRachel Fullerの番組「In The Attic」のウェブキャスト・ライブに出演する数分前にこの曲を書き上げた。ライブで演奏する新曲が何もなかったので、1曲書くことにしたのだ。自然に生まれたのがこの曲だった。これは彼女の為の曲であり、Rogerの為の曲であり、私が完全に駄目になっていた時に私を信じてそばにいてくれた人の為の曲だ。同じく、そうしてくれた私の家族や友達、ファンの多くの為の曲でもある。私は昔からとても扱いにくい人間だったというのに。

10曲目~19曲目はミニオペラ「Wire And Glass」のフル・バージョンで構成される。

SOUND ROUND
小説「The Boy Who Heard Music」の為に作られた主要な10曲から成るミニオペラ、「Wire & Glass」の1曲目。1人の若者(若かりしRay High)が、快適なエアコンの付いた大きなキャンパー・バスに乗り、近くに巨大な発電所が建つ河口に沿った道を走っている。彼はそこで水温の上昇によって異常発生したクラゲの群れで海が埋め尽くされているのを目にする。(これはエセックス州のブラックウォーター河口で1971年に起こったことを元にしている)彼は車を止めて水面を眺め、飼い犬に棒切れを投げてやり、溺れたその犬を助ける。そして彼は空の上に未来を予見する - 生態学的にでも終末論的にでもなく、通信とコミュニケーションによって抑圧されている社会の姿を。

PICK UP THE PEACE
今や60代を迎えるロック・ミュージシャンであるRay Highは、まるで独房のような病院の一室で瞑想している。彼は近所に住む3人のティーンエイジャーと会う。彼等は他の子供達と同じようにつるみ、遊び、ふざけあい、お喋りをして、バンドを組んでいる。Rayは直感で3人がスターになることを感じる。彼等の名はGabriel、Josh、Leilaといった。(自分達のバンドをThe Glass Householdと呼んでいた)彼はそれとは全く対照的な自分自身の子供時代のシーンを目にする。同じ場所なのに、爆破されたビルと老いた兵士が並んでいる。

UNHOLY TRINITY
3人の子供達はそれぞれ全く異なる家庭で育っている。Gabrielの家庭はキリスト教を捨ててショービズの世界を選んだ。Joshの家庭は(安息日を厳守しているほど)敬虔なユダヤ教信者で、イスラエルの紛争により父親を失うという惨事に見舞われている。Leilaの家庭はイスラム教徒で、彼女もまた美しくカリスマ性のある母親をまだ幼い頃に亡くすという悲劇を経験している。彼等は空想や悩み、才能やアイデアを互いに分かち合い、深く繋がりあう友達同士となった。まるでいたずらな天使のように、彼等は秘密を共通している。Gabrielは音楽を、Joshは声を聞くことができ、Leilaは空を飛べるのだ。

TRILBY’S PIANO
未亡人となったJoshの母は、彼の弟Hymieが立派になることだけに望みをかけていた。HymieはGabrielの従姉、頭の回転は鈍いが美しいブロンド・ヘアを持つTrilbyに恋をする。Gabrielの母は他に気を取られ気づいていなかったが、TrilbyはGabrielの音楽的才能を伸ばすことに協力してきた1人だった。子供達はLeilaの父のスタジオでこの曲を使ったミュージカルを上演することに決め、それにより2人の仲を反対していたJoshの母の説得にとうとう成功する。この曲の歌い手はGabrielだ。ミュージカルは慣れない子供達のが苦労して作り上げたものだが、(まるでヴィクトリア時代の人形劇場のような)広いプロセニアム舞台に、階段と一面に天使の絵が描かれた背景幕が付いた立派なものだった。

ENDLESS WIRE
ミュージカルのリハーサル中、3人の子供達はある文書を見つける。そしてそれがLeilaの父の古いスタジオ仲間だったRay Highのものだということを知る。その文書には、Rayが若い頃に目にした世界的な通信ネットワークを使用して、人々の心を一つにする力を持つ音楽を皆に広めようという荒唐無稽な計画について書かれていた。(これは私自身が考えた「ライフハウス・メソッド」のビジョンと一致する。ライフハウス・メソッドとは音楽を使って表した固有の姿を通して人々が意思疎通ができる、コンピュータによるウェブサイトだ)彼等は文書を夢中になって読み進め、自分達ならその計画を実現させることができるかもしれないと考える。

FRAGMENTS OF FRAGMENT
「Fragments」のインストゥルメンタル・バージョン。「メソッド・ミュージック」の成果の一例だ。

WE GOT A HIT
真剣な話し合いを重ねながら、3人は子供から大人へと成長し、メディアとインターネットを巧みに操るようになる。我々は彼等がテレビやラジオ、ライブ会場で演奏している姿を目にする。歌詞に出てくる「ヒット曲」とは「Fragments」のことだ。

THEY MADE MY DREAM COME TRUE
Ray Highは小さな部屋でずっと瞑想しているが、子供達が有名になったことを知っていた。彼の目には、3人の内の誰かが手掛ける最も大きな、そして最後のコンサートが中止になるという未来が見える。彼は決して変わることのない音楽業界を呪う。そのコンサートが実際に開催されるか、永遠に夢のままで終わるかどうかは、彼にもはっきりとわからない。

MIRROR DOOR
3人は自分達の夢をかなえようとしている。それはニューヨークのセントラルパークで綿密に準備された子供達のコンサートを開催することだった。そのコンサートはチャリティとして世界中にウェブキャストされ、Rayのアイデアである「人々を音楽漬けにする」ことが実際に試されることになる。かつては狭い人形劇用ステージだったものが、今や巨大な広さになっている。かつてはステージ裏に続く小さな階段だったものが、今や天国にまで届きそうな大階段となってそびえ立っている。バンドが演奏を始めると、コンサートをかき乱そうとするテロリスト達が通りにあふれていることがわかったが、ステージは続いた。階段の最上段には、今はこの世にいない音楽界の伝説的なミュージシャン達が勢揃いしているのが見える。1発の銃声が響き、悲劇が幕を開ける。統合失調症の患者特有の誇大妄想に取り付かれたJoshは、治療を受けるのを止めて誰かからピストルを奪い取り、Gabrielを撃った。我々は自分自身を救うことができなかった。彼は階段を上り、死んだGabrielのそばに向かう。今でも、この一連の出来事が本当に起こったかどうかははっきりとはわからない。

この世を去った音楽界の天才として歌詞で名を連ねるうちの1人(Doris Day)は今もまだ生きているということに皆気がつくだろう。
(※歌詞に登場するDoris Day以外のミュージシャンは既に亡くなっています。現代アメリカ音楽からHowling Wolf、Link Wray、Dave Van Ronk、Bobby Darin、Brownie McGhee、Elvis Presley、Buddy Holly、Eddie Cochran、Frank Sinatra、Ella Fitzgerald、Ray Charles、Johnny Cash、Johnnie Ray、Curtis Mayfield。クラシック界からWolfgang Amadeus Mozart、Ludwig van Beethoven、Henry Purcell、Johann Strauß II。フルネームが入っていない人については推測を含みます)ショービジネス界の天国において、「Mirror Door」の向こうでは誰一人として本当に死んだりはしていない。(むしろライブ後にパブに集まって飲んでいる様子に似ている)子供達の最大のヒット曲「Fragments」は、生、死、呼吸、創造、科学、物理学、数学、文学、発展などについて思い起こし、賞賛する瞬間へと姿を変える。

TEA & THEATRE
数年後、年を重ねたJoshとLeilaは一緒にお茶を飲む。時を同じくして、Joshは保護されていた療養所の小部屋がRayと隣同士になり、彼等ふたりは今度は他の患者たちと共に子供達の舞台をもう一度復活させる。彼等は自分達のそれまでの歴史と人生について一緒に深く考える。ここで推測されるのは、もしかしたらナレーターのRayは、療養所でたった今見たばかりの舞台と、かつて彼等がいつかニューヨークで、空の上で、宇宙のかなたで見たいと願った舞台とを混同しているのかもしれないということだ。

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by yukie909 | 2006-09-27 16:23 | Endless Wire
2006年 09月 03日
3 September 2006 / A Letter To America
[原文] 2006年9月3日の公式サイトの日記。
A Letter To America
ヨーロッパツアー後の1ヶ月程の休暇を終え、アメリカへと向かう直前に書かれた日記。休暇といってもあまり休む余裕はなく、ミキシングなどの作業に追われていました。Bob Dylanの新作は気にいったようです。


息子と家族、5匹の犬たちと一緒に、池のまわりをひらひらと飛ぶ青い蝶を眺め、聞こえてくるカモの鳴き声に耳を傾け、我が家の庭でイギリスの夏の終わりを楽しむ日々も今日が最後だ。明日私はアメリカの皆の元を訪れてライブをする旅に出発する。8月を迎える直前にヨーロッパ・ツアーが終了した後、8月いっぱいはゆっくり休んで、この秋の2期にわたるUSツアーの準備ができたらと考えていた。しかしそうもいかなかった。私はThe Whoのアルバムのミキシングを終わらせ、アートワークとの組み合わせを考え、いくつかインタビューを受け、ようやく「Wire & Glass」(アルバムに収録されるミニオペラ)からの2曲のフル・バージョンを完成させた。7月にリリースした短縮バージョンを聞くか、ミニオペラをセットリストに取り上げたツアー初期のウェブキャストを見ていた人なら、その2曲がどれのことかわかるだろう。「Endless Wire」と「We Got A Hit」だ。

ずっと忙しく過ごしていた。パートナーのRachelも同様だ。我々は家で新曲を何曲か一緒にレコーディングした。どれも彼女の曲で、良い出来だ。彼女はツアー中にEP「Shine」のプロモーションと「In The Attic」での仕事を続ける為に、どうすれば最もうまく時間が使えるかずっと考えていた。私たちはできるだけ自分達らしいやり方で物事を進められるよう、そしてお互いのキャリアに相手の協力を得られるように努力している。

だが今週末はできるだけのんびりと過ごした。息子は2日間みっちりと学校の課題に取り組み、もう6th Form
(※大学進学を目指す生徒が16歳~18歳の2年間に通う学校のこと)の学生だということを周りに示していた。2人の娘のうち1人とは今夜夕食を共にして、近況を語り合い、またしばし別れる予定になっている。今朝は小雨が降る中、90分歩いてたった3人にしか会わないほど人気のない原っぱで犬たちを散歩させた。そのうちの立ち話をした1人は面白い男だったが、イギリスで上演された舞台版「TOMMY」の音楽ディレクターを務めていたそうで、私はそのことに気づかなかった。

今日の日記は、自分がロック・ミュージシャンではない時に過ごしているこの心地よいイギリスの暮らしにしばしの別れを告げるようなものだ。そしてホテルや、マスコミによる質問攻めや、道端で叫ばれることと向き合い、Whoのライブに向けて安全の為にホテルに缶詰になり、ライブをする覚悟、飛行機で飛び回る覚悟、そして自分がかつてどんな人間だったか、今どんな人間か、この先どんな人間になるかについて忘れる努力をする覚悟を決めて、しばらくの間その場を埋めなければならない
(?)。そうすればマドリッド公演と同じぐらい熱い演奏ができるかもしれない。

「家を離れるのが待ちきれない」というようなふりをするのはやめよう。だが「ツアーをするのが楽しみな訳じゃない」という素振りもなしだ。静けさに包まれた田園地帯で、木のベンチや野原や丘の上に座って、どちらを向いても人も建物も全く目に入らない環境で考えにふけることができるのもあと数時間だ。

昨夜BBCラジオでBob Dylanの新作を何曲か聴いた。どの曲もとても良かった。Bruce Springsteenの最新のアルバムと同じく、円熟した魅力に満ちていた。年齢を重ねることに対してBob Dylanがどのように向き合っているか、また同じように年を取りゆくファン達の心をどのように掴み続けているかについて、批評家達は好意的な意見だった。それを聞いて私は考えた。いくつかのThe Whoの曲においては私はDylanと同じようなことをしてきたと信じている。しかしまた一部の曲では、架空の若いバンドの声を借りて、とても若い時、若い時、中年の時、そして今の私よりも年を取った時と、様々な年齢の姿で話すようにしてきた。我々、つまり現在の作曲家達がこのことを考えなくてはならないと感じるのはなぜだろう?
(?)Cole Porterは自身の作品が生命を持ち、優雅に、又は痛々しく、もしくは毅然として年を取っていくのを恐れただろうか?FrankとElla(※Frank SinatraとElla Fitzgerald)は年を取った自分が若者の恋についての曲を歌うのはおかしくはないかと心配していただろうか?

ロックンロールとは……Dave Van RonkとRitchie Havensが伝統的なフォーク・ミュージックをゆっくりと進化させ、そこからBob Dylanが爆発的な人気を得て、意志の力だけでその形を手に入れてきたものだが……年老いた。もしロックが高齢化問題を含んでいるなら、ロックは年を取る。それともロックは今や普遍的なもので、制限や制約からは無縁だ、などといえるだろうか?大方の予想に反して私は自分のゆがんだ中年時代をなんとかやり過ごしたし、ロックは死んじゃいない。それは正しくもないし、間違ってもいない。新しい宗教でも、答えでもない、問いですらない。それは過程であり、島だ。歩み寄り、立ち去るものだ。「Wire & Glass」に登場する架空のバンドである「The Glass Household」の子供達は、産声をあげ、力を炸裂させ、ついに崩壊して、鏡でできたドアへと続く階段を上り、歩き続け、退屈なライブ後のパーティを探すよりもブラックホールの中で忘れ去られることを望むという過程を描いている。

私は今、眠くなるようなパーティから立ち去って、ドアをくぐり、階段を下りて、ステージに戻っていくような感じがしている。再び上に戻って、終わったライブを振り返ってあれこれ言う前に、下のステージでやっておかなければならないことがいくつかある。

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by yukie909 | 2006-09-03 11:37 | diary