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2006年 05月 30日
30 May 2006 / Distant Thom-Thom
[原文] 2006年5月30日の公式サイトの日記。
Distant Thom-Thom
長い日記です。ライブ・ウェブキャストの可能性について、世界情勢や新進アーティストSandi Thom、ジャーナリズム等とからめて語っています。


私のいわゆる「日記」の読者のほとんどは私が毎日Independent紙を購読していることをご存知だろう。日中、適当に他の新聞を読むこともあるが、1日の最初に目に入るものは我々が「インディ」と呼ぶその新聞の第1面であり、大抵が鮮やかな写真を伴った悲劇的な記事だ。最近の同紙には世界の終わりを警告する記事ばかりが掲載されている。

Independent紙は「趣味のいい」新聞だ。1999年末に私の「Lifehouse」プロジェクトがとうとうBBC Radio 3で放送されることになった時、そのニュースを1面で報じてくれた。最近ではBonoを1日編集長に迎えている。コラムニストのDeborah Orrは書く記事のほぼ全てにおいて私がこの国で唯一意見が合うライターだ。前線特派員のRobert Fiskは、我が国のイラクへの軍事的介入に対し、一貫して怒りも露に批判的な立場を取っている。おかげで私は9/11のNYテロ以降の我々の行動に対してどのような立場を取るか、ほぼ毎朝考え直している状態で、それも悪くないものだ。

まず最初に、彼にひどく苦しめられた者を個人的に知っている身としては、サダム・フセインは何があっても処分されるべきだと考えている。またイスラム世界(繰り返すが、私の友人が多数いる場所だ)に対し、欧米は強大な武器を持った危険な者達によって支配されているというメッセージを伝えたい。そしてそのメッセージを伝えるには、我々がイラクを「片付ける」為に攻め込む方が、イギリスと深くまたか細い繋がりのある国であるアフガニンスタンやパキスタンに向けて核弾頭を発射するよりもまだましなやり方だ。軍隊や市民に実際に何が起こるかを知らなければ、戦争をすることを認めるのは簡単だ。そしてほとんど全てのイギリスの新聞は、読者が真の恐怖を常に把握していられるように努めている。Independent紙はRobert Fiskによってイラク問題の現実とサダム処罰の真の「価値」を報道するリーダーを請け負っている。私は最初に示したイラク侵攻支持という意見を取り消すつもりはないが、物事がその後どのように進んだかについて、血を流すほどに屈辱的であり、深く、深く恥じ入る気持ちだ。

自分の中でどのような結論を出したにしても、その前にイスラムの歴史や西暦700年以降のアラブ社会に関する資料をもっと深く読み込んでいたらと悔いるばかりだ。9/11のテロ以降、私はそれらに関する分厚い本を10冊読み、その全てが何かしら衝撃的な内容だった。コーランそのものも驚きに満ちていた。そのほとんどは良い驚きだったが。現在我々が目にしているアラブ社会の分裂はイラクの民主化を妨げるものであり、モハメッドが自己を預言者だと宣言した直後に起こった分裂状態ととても似通っている。そのような永遠に続くかに見える宗教的な複雑さに、イギリスが過去と同じように世紀の変わり目の植民地支配的役割で強引に割り込んだことが事態をより難しくした。特にインドやエジプト、そして現在イラクとなった国での権力の移り変わりの後に。イギリスがイラクに対して果たすべき義務はアメリカよりも重い。我々は軍事支配者といえる者と共にイラクに境界線を引いた。500マイル以上にわたるものだ。9/11のテロ以降の数年、Independent紙を読むのはつらい作業だった。炎に包まれたニューヨークを目にした時の私の条件反射的な行動は、力を示すこと、攻撃し返すことだった。どこであっても。

私の場合、このような反応を示した理由の一部に、自殺行為的なハイジャックの約10ヶ月前に「The Boy Who Heard Music」を書いたという事実がある。この物語の中ではニューヨークのセントラル・パークにおいて地球規模で人々がかかわるコンサートが行われる描写があるが、同じ場所で(計り知れない宗教的信念に駆られた)テロリスト達が街を爆破しようというキャンペーンを繰り広げていた。私は実際に起こったことを予見した訳ではないが、他の多くのライターと同じように、近い将来に何か不吉なことが起こる予感を感じていた。そのような感覚を覚えた者は同時に責任も感じるものだが、ロック業界で生計を立てている身にとって、不吉なことを予言する者になるのは良い方法ではない。私はエンターテイナーなのだから。

今日のIndependent紙の3面には、イギリスでヒット曲を持つ若きシンガー・ソングライターSandi Thomの華奢な姿が載っていた。彼女はインターネットでのウェブキャストによって瞬く間に有名になった。
(※Sandi Thomはスコットランド出身の24歳の女性アーティスト。ツアーをするための資金も車もなかった為に自宅地下室でのライブをインターネットで配信したところ、当初70人だった視聴者が70,000人にまで膨れ上がり、2億円のレコード契約を見事勝ち取ったと報じられています)彼女のPRチームが過剰宣伝しているだけだとも言われているが。(たまたま彼等を個人的に知っているが、金を稼げるアーティストを生む為なら少しぐらいのずるい手口は厭わない者達だ)Sandi Thomについての記事では、IT専門家が「駆け出しのアーティストに70,000人が同時にライブ・ストリーム映像を見られるような回線容量を保有する金銭的余裕などあるわけがない」と呆れていた。それは確かに正しいが、新聞は基本的な事実を見落としている。Sandi Thomのウェブキャストは生放送ではない。あらかじめ録画され、ストリーミング放送されたものだ。真実を曲げた誰かを攻撃する論争に参加したいと願っている編集者にとっては、多分このことはとりたてて興味をそそられるポイントではなかったのだろう。しかしSandi Thomの話はイラク戦争の話とは違う。それでもやはり事実とは歪められて伝わるものなのだ。

Sandi Thomに低料金で(無料だったかもしれない)有り余る程の回線容量を供給していたのは、現在英国で急成長中のウェブストリーム会社であるStreamingTank社だった。私はそのことをStreamingTank社本人から聞いている。観客を心から楽しませているRachel Fullerのウェブキャスト、「In The Attic」に1回につき50,000人がライブを視聴できる回線容量を提供することになっているのがまさにこの会社なのだ。同プログラム内で、来たるThe Whoのヨーロッパツアーの全ての公演で映像を編集したライブ放送を推進して、ウェブで流し、皆に見てもらおうと考えている。24公演全てでそれを行う回線容量を確保するには、10万ポンドほど費用がかかる。もしSandi Thomが自分でサーバ代を払っていたとしても、インターネットで20回のライブを流すのは、バンドを引き連れて20公演のツアーを行うよりも安く済むだろう。彼女がイギリスに住んでいたら同じぐらいの値段になるはずだ。しかしもし彼女が、たとえば……アメリカを訪れ、自分自身と3人のバンドメンバーの労働ヴィザだけでツアーを行ったとしたら、その手配に28,000ポンドが掛かるだろう。この大きな出費は9/11のテロのせいでもある。現代の音楽産業における悲しい事実だ。実際にはインターネットはライブを行う方法の選択肢を増やした訳ではなく、ただ新しい観客にアピールするのに金銭的に効率のいい方法を提供したに過ぎない。それでも、決して安くはない。

Rachel Fullerの会社「Candycat」は、私のスタジオ・カンパニーであるEel Pieとともに、2005年9月から毎週1回放送されるインターネット番組「In The Attic」をスタートした。確かSandi Thomの「In The Basement」が生まれる約半年前のことだったと思う。
(※Sandiの番組は実際には"21 Nights from Tooting"という名前)当時我々はたった50人ほどが視聴できる程度の容量しか確保できなかった。私が素晴らしいと感じたのは、はじめて Rachelの慎ましいセットに足を踏み入れ、世界中からログインしてくれたそう多くない数の人々と対面した時、我々のような古いタイプの演奏者が「ゾーン」と呼ぶ場所に立ち(?)、ショービズ界の重要な瞬間に立ち会っていると知った時だ。私は数は少なくとも確かに観客がそこに存在しているのを感じることができた。彼等はBlogを用いてリアルタイムで他者とつながっており、もし我々がそれを望めば彼等を実際に番組に招待することができた。番組は前もってレコーディングされてウェブ上で繰り返しループ再生されるものでも、iTunesで何度でも聞き返すことができるものでもない。(生放送が終わった後はそれらの方法も活用したが)私にとってはこれこそが「生の」パフォーマンスだった。Rachelにとってはコストをかけずにライブを行う手段となった。

この種のウェブキャストは費用がかさむ。500ストリームを丸1日確保する為にはイギリスでは年間50,000ポンドがかかる。これほど高額な費用を払おうとする者なら誰でも、1日分の容量をどうやって準備するか考える必要がある。配信内容がライブ放送でなければ、ただ通常の方法でダウンロードして見られる形にすれば良いだろう。その場合はセキュアサーバーと大きなストレージスペースを用意するだけで済む。

だが、リアルタイムで、親密な雰囲気の中、小うるさい政府の規制や放送制限やインターネット制御に邪魔されることなく、観客にライブを見せたいと願っているのであれば……ライブ・ウェブキャストという手段がある。「IN THE ATTIC」では我々は煙草を吸い、悪態をつき、偽善者を罵り、むしろ自分が偽善者になることさえ可能だ。我々は楽しんで放送でき、ユーモアをもって振舞える。そして最も重要なのは、その気になった時にすぐに生で演奏ができるということだ。生で出演し、自分の演奏をした者なら、真のパフォーマーであることが誰の目にも明らかになる。小細工なし。「Auto-Tune」
(※米国Antares社のピッチ補正用ソフト)なし。コンピュータを使ったいかさまなし。行き過ぎた映像編集によるキャラクター作り(例えばKeith Moonのような。実際の彼は落ち込んでいたり、シリアスだったり、辛らつだったりする時も多かったのに、いつでもめちゃくちゃに面白おかしい日々を送っているように見られていた)なし。ライブ・ウェブキャストの美しさとは、短いフィルムや録音済みの音楽すら排除するところにある。ライブ演奏をすることによって全ての要素がつながって表現される。

この件が今までの話とどう繋がるか?バグダッドの地に立つRobert Fiskからのレポートに毎日ログオンしている状態を想像してみてほしい。そして彼にブログ・コメントを送ることができ、彼が自分のまわりで起こっていることに対してフラストレーションを爆発させている時に、自分も彼のそばにいると知らせることが可能である状態を。想像してみてほしい、ログオンして、現地の時間からせいぜい2~3秒遅れで、トラックが爆破されたりボランティアの警察のグループが襲われたりしているのを目撃している自分を。それらのニュースは編集者ではなく、Robert Fisk自身の言葉で伝えられる。想像してみてほしい、自分が直接何が起こっているかを見ることができる少数の選ばれた者となり、それを世界中に広める責任を持つということを。我々のよく知るジャーナリズムとは何か、ライブ・ウェブキャスティングで解明されるだろう。残念なことだが(恐らく)この地球上でRupert Murdochただ1人がそのことを予見しており、ウェブ会社をまるで飴玉のように買い占めている。
(※複合メディア企業News Corp.の代表であるRupert Murdochは、世界のメディア王と呼ばれている人物。2005年にMySpace.comで有名なIntermix Media社やスポーツサイトのScout Media社、ゲームメディア大手のIGN Entertainment社等を次々と買収しています)彼は私と同じく、それほどの未来を見越すには歳を取りすぎている。しかし考えてみてほしい、私は1985年にRCAでの講義で音楽ダウンロードについて予言したが、多くの人が席を立って離れていった。人々は警告に対してあまりにも簡単に決断をしすぎる。Independent紙はそれに気がつき始めているのではないかと思う。
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by yukie909 | 2006-05-30 15:15 | diary
2006年 05月 29日
29 May 2006 / What happens......
[原文] 2006年5月29日の公式サイトの日記。
What happens......
作った曲が正しく伝わっていないと嘆いた日記の次にアップされたのは、あたたかいファンに囲まれて自分は幸せだという、フォローのような意味合いの文章です。Peteは逮捕後に届いた手紙やメールに対し、過去にも繰り返し感謝の気持ちを綴っています。


やるべきことを進めていっている。私の前回の日記に答えるものとなるが、2003年1月の逮捕後、私を元気付けようとした人々から約2~300通の手紙と100通のeメールを受け取った。これらの手紙とメールのほとんどはまだ返事をできずにいるものだ。既にそれ以外の300通に手書きで返事を送り、また私の逮捕の背景を知る前にも関わらず私を擁護してくれた人全員に、敬意と感謝のしるしとして毎年ニューイヤー・カードを送る試みを続けている。私に手紙やメールを送ってくれ、まだ私から何も返事がないという人も安心してほしい。私はきっと君のメッセージを受け取って読んでおり、私の未来があやふやだった数週間、確かにそれが私の世界そのものでいてくれたのだ。
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by yukie909 | 2006-05-29 14:03 | diary
2006年 05月 27日
27 May 2006 / Won't Get Judged Again
[原文] 2006年5月27日の公式サイトの日記。
Won't Get Judged Again
「Won't Get Fooled Again」の意味が曲解され「イギリスで最もコンサバティブな曲」と新聞で評されたことに対する反論。元々の曲の持つ意味がまずRogerが歌うことによって変えられ、さらに聞く人それぞれが求めているものによって形が歪められていくことについて語っています。


「Won't Get Fooled Again」がイギリスのIndependent Newspaperで - 私が理解するところでは - 政治的メッセージはよく誤解されるものだが - 「conservativeなメッセージを持つ曲」のナンバー1に選ばれた。「conservative」という言葉は、イギリスとアメリカでは意味合いが異なる。(※conservativeは通常は「保守的な」と訳されますが、ここでは原語を残しました)

もちろんこの曲には何らかの政治団体に属するような政治的メッセージなど存在しない。革命を非難する曲でもない。我々は実際にストリートで戦うが、革命とは他の全ての行動と同様に予測できない結果を生むことがあるということを示唆する曲だ。見たいと思っているものを必ず見られると考えてはいけない。何も期待しなければ得たもの全てを喜べるのだから。

この曲は、私の人生の中心にあるものは売り物ではなく、勝手に利用されるべきものではないということを政治家や革命家たちに知らしめる為に作られた。

これは音楽とそれを求めて集まる人々の持つ力として私が信じるものと深く関わっており、個人的な見解を表現するのに近代的なロック・ミュージックやポップ・ミュージックを利用しようとする特定の個人とは一切関係しない。私はロックの背後にある「普遍的な」テーマというものを常に取り入れてきたが、それは空虚で、曖昧で、ぼんやりとした、表面だけのものに自然に見えるようなものだと考えている。しかしそのいい加減さ、堕落さ加減にもかかわらず、ロックは存続し、希望に胸を膨らませる若者達の素朴な不平不満が生意気な形で代弁される場所として今もなお広がっている。

私が「Won't Get Fooled Again」を書いた1971年から1985年まで、私の中でひとつの変化があった。活動家に利用されることへの拒絶から、サッチャー首相時代のイギリスにうんざりして不満を募らせた人々に判断を下されることへの拒絶への移行だ。当時Peter Gabrielと私は、Nelson Mandelaを南アフリカの刑務所から救う為に、David Astor、Neville Vincent、Donald Woods、Lord Goodman等と共に行っていた基金集めについてよく電話で話していた。我々はすぐに自分達の行っていた活動がANC
(※アフリカ民族会議)に武器を買い与えることになるということに気づいた。ANCの一部の極右の人間の考え方はIRA(※アイルランド共和国軍)と同じようなものだ。Nelsonが釈放されて、全ては良い方向に進んだ。しかし90年代半ば、最後のIRAの爆弾のひとつがロンドンの劇場で爆発した。私のミュージカル「Tommy」が上映されるすぐ近くだった。その時私は、自分の宿命がぐるりと一周して戻ってきたのだと強く感じた。

世界を変えるための活動が、すべてIndependent紙を編集しているBonoによって屋上からトランペットを吹き鳴らして喧伝されなくてはならない訳ではない。(しかしそれはそれで素晴らしく、また大胆不敵な試みだったが。1985年にLord Matthew Evansが私にFaber and Faber社の編集者の仕事を与えてくれたことに匹敵するほどだ)
(※U2のBonoは5/18発売のIndependent紙の1日編集長を務めました。エイズ対策をはじめとするアフリカの諸問題を大きく取り上げ、1面はエイズ撲滅に向けたRED運動にちなんで赤く塗りつぶされ「今日ニュースはない。ただアフリカでエイズで6500人が死ぬだけだ」と記されるなど、異例の紙面になったとのことです)Roger Daltreyは実際にRichard "Dirty" Desmond(他の会社とともに何紙かの大手新聞の出版社も所有している人物)とロックンロールを演奏しているが、彼自身もまた胸を痛め、基金の対象となっている10代の癌患者たちが生き延びようと必死に努力している病院を数多く訪ねている。彼は患者達を抱きしめ、患者達とともに笑い、患者達に希望を与えている。これは相手とマンツーマンで対する形であり、私が自分には不可能だとわかっているやり方だ。私は性的虐待や薬物乱用、あらゆる種類の家庭内暴力の被害者と会ったり話したりすることはできる。しかし私が今自分でわかっていることは、突然病院やクリニックやホスピスで死んでしまうかもしれない人にとってはよくある問題だ。(?)

私はただの作曲家だ。私の行う活動は私自身の為のものであり、誰か(?)がやり方を疑問に思うまでは通常は個人的なものだ。私が書いたものには別の解釈が入る。まず最初にRoger Daltreyによって。「Won't Get Fooled Again」は当時「…俺を放っておいてくれ、家族とともに自分の人生を過ごさせてくれ、そうすれば自分の方法で変化を起こすために何かできるから…」と嘆願する歌だった。しかしRoger Daltreyが曲の終わりに胸が張り裂けんばかりに歌い上げる時、数多くの人々にとってこの曲はそれ以上のものになった。そして私はその事実を受け入れなければならない。映画「Summer of Sam」(※邦題『サマー・オブ・サム』。Spike Lee監督による、ニューヨークで実際に起こった連続殺人事件を背景にしたサスペンス)の中で、この曲は白人の少年の「ストリート的な」(※形容詞streetには粗野な、下卑たという意味があり、Won't Get Fooled Againに出てくるstreetとかけているように見えます)馬鹿な振る舞いを表現する為に使われた。ファシストのような乱暴な動きで、男たちはエア・ギターで腕を振り回し、家具をめちゃくちゃに壊していた。Spike Leeは私のマネージャーに「…彼はThe Whoの音楽を深く理解している…」と語っていた。彼が理解していたことは - 他の多くの人たちと同じように - 彼自身が作り上げたことだ。彼は激しい怒りとフラストレーション、審判や告発までも、実際には存在しないものをこの曲の中に見出した。この曲に実際にあるのは祈りのみだ。
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by yukie909 | 2006-05-27 14:28 | diary
2006年 05月 26日
26 May 2006 / We've finished recording
[原文] 2006年5月26日の公式サイトの日記。
We've finished recording
アルバムのレコーディングが無事終了。予定通りにいけばPeteは6/18~6/24にかけてミキシングの作業に入ります。


本日(※5/26)、レコーディングが終了した。RogerはEel PieのOceanic StudiosでBilly NichollsとBob Priddenとともにヴォーカル録りを済ませた。Rachelと私は私のホームスタジオでアルバムに収録されるミニ・オペラの曲のひとつである「Trilby's Piano」用に弦楽四重奏をレコーディングした。

この後は1~2週間かけてミキシングを完成させる。レコーディングが終わったのはとても良い気分だ。ミキシングの段階でいくつかの細かい作業が必要になるかもしれないが、ともかく99%が終了した。

ミキシング後に全てがうまくまとまることを願っている。アルバム制作というのは油断ならないものだ。時にはアルバムに相応しくないと思われる曲を省かなければならないこともある。テーマに合わなかったという場合や、あまりに高慢すぎたり、粗雑すぎたり、簡素すぎたり、地味すぎたり、趣が違いすぎたりする場合がそうだ。

Rogerは最近受けたインタビューで私が作った「迫力のある曲」を歌うのが好きだと言っている。そうは言っても、多数の曲を作ってしかるべき形に並べようとすれば、迫力に欠けた曲、個性のない曲、独自のムードを持たない曲、純粋に次に来る曲の前置きとして存在する曲なども必要となるものだ。

今日行った弦楽器のレコーディングはとても楽しい時間だった。「Trilby's Piano」用に私がSibelius
(※英国で開発された楽譜作成ソフトウェア)でひたすらストリングスの編成を打ち込み、大体35ストリングスでのスコアを書きあげた。Rachelがそれを弦楽四重奏用に再アレンジし、オーバーダブを加え、今日私のホームスタジオで子犬たちが駆け回る中、我々はステレオのリボンマイク1本でレコーディングを終えた。Rachelはこの手のことにはかなり上品な感覚を持っていて、全てを控えめな音に仕上げた。(※?transparentという語句の解釈に確信が持てませんでした。Peteはこのアルバムについて再三シンプルに仕上げると言っているので、わざとらしくない、仰々しくないという意味に受け取りましたが、正しいかはわかりません)「In The Attic」にも出演しているBrian Beaverがビデオを撮影したので、Rachelが次回の番組で放映するかもしれない。
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by yukie909 | 2006-05-26 12:53 | diary
2006年 05月 26日
26 May 2006 / VV10
[原文] 2006年5月26日の公式サイトの日記。
VV10
「リリック・ガイド」10作目。今回は何も説明がありません。また、歌詞を作成した日付も入っておらず、ただ「19:45」の文字があるのみです。書きかけのままでアップしたのかもしれません。


19:45

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My worst

Let's not forget,
That when a man like me
Decides to write,
I can do better than my worst,
But my worst isn't bad.

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by yukie909 | 2006-05-26 12:48 | diary
2006年 05月 24日
24 May 2006 / The Master's Plan
[原文] 2006年5月24日の公式サイトの日記。
The Master's Plan
この夏のツアーでの計画をあれこれと語っています。メインはウェブキャストで、豪華ゲスト(予定)の名前を挙げており、その他にもCD/DVDをはじめ様々な形でのライブ音源・映像のリリースやギター・スマッシュなどを検討中で、全て収益はチャリティに寄付されます。最後には後援をしてくれる企業はないか?と呼びかけています。


私は不安を感じているが、また同時にとてもわくわくしている。来たるツアーでのウェブキャストについての私の計画を理解している者は誰一人としていないだろう。とてもシンプルなものなのだが。

我々のライブは全てが誰かによってブートレグ化されている。前もってRogerの了解を得て、私はその作業を自分自身で行い、売上をチャリティに寄付しようと考えている。過去に我々は同じことをThe Musicと共同で行っており、「Encore Series」としてCDおよびディープなコレクター向けのボックスセットを販売した。

今回のツアーではCDと同時にDVDもリリースする。また、Long Live Rockを通じてBitTorrent
(※大容量のファイルを配布するために開発されたファイル共有ツール)のダウンロードファイルの形でも販売を行う。iTunesを介したポッドキャストにも対応する。

それに加えて、各公演から最低1曲を取り上げた30分のストリーム放送を行い、99セント
(※約110円)で見られるようにするつもりだ。収益は地域医療や、子供たちとホームレスの為のチャリティに寄付される。

このウェブキャストはRachel Fuller、Mikey Cuthbert、Simon Townshend、そして私が出演する「In The Attic」の形で行われ、Primal Scream、Arctic Monkeys、 The Strokes等のゲストと共に演奏を行う。ちなみに、ツアーの後に「In The Attic」がテレビで放映される見通しが立っている。現時点ではVH1が放映を検討しているところだ。

Rachelは10ドルの抽選チケットを販売することを計画している。伝説的なこの私によって今度こそ最後に破壊されるギター(日本の横浜公演以来だ)の為のものだ。売上は国際チャリティとニューオーリンズ基金に寄付される。

数週間、The Whoは大手チャリティの為にライブ全体をウェブキャストで放送する。現在いくつかの寄付先を検討しているところだ。

上記のようなことをどうして我々が行うか?なぜなら我々にはそれが可能だからだ。他人によい印象を与えるだろうか?そんなのは知ったことではない。(私はこのように年をとっても未だ下品な言葉遣いを使える。すでにご存知かもしれないが)
(※日本語ではうまく表現できませんでしたが、ここで太字で表したアルファベット大文字の部分にはそれぞれ伏字つきのfuckという言葉が入った言い回しが使われており、それに対する言及)

The Whoのかつてない大規模なツアーのウェブキャストという冒険的事業の後援を検討してくれる企業があれば、大急ぎで我々のところに来てほしい。我々は今まさに羽ばたこうとしているところだ。

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by yukie909 | 2006-05-24 23:24 | diary
2006年 05月 20日
20 May 2006 / My Work Is Done - Almost.......
[原文] 2006年5月20日の公式サイトのNEWS。
My Work Is Done - Almost.......
前回アップ分と順番が前後しますが、アルバムの制作状況の報告です。PETE'S DIARIESではなくNEWSのセクションにアップされました。かなり作業が進んでおり、6月末までには全てが終了するとのことです。
ところでマキシシングルについて「to be released in June/July」と書かれているのが気になりますが、遅れているのか、アメリカでのリリースが7月になる等ということなのかははっきりわかりません。


発売を今年の9月に間に合わせる為、私は6月末までにアルバムを完成させてレコード会社に渡さなければならない。

The Whoのミュージシャンとしての私の分担はすでに終了した。23曲をレコーディングし、そこから17曲を選んで自分のパートを仕上げ、そのうちの11曲はもうリリースできる状態だ。残りの6曲は今週
(※5/22~)行われるRogerのヴォーカル録り(またはヴォーカル・テストを行い、Rogerではなく元々入っている私のヴォーカルを使うかどうか検討する)待ちで、金曜(※5/26)までに私がミキシング作業に入れる状態になっている筈だ。UKツアー中で最初に時間の取れる、6/17のLeeds公演と6/18のBrighton公演を終えてから6/25のO2 Festivalに出演するまでの期間をその作業に充てる。当初、この時期には予定を入れていなかったので、息子の初めての大きな試験に向けてサポートをしようと考えていた。それも同時に行うつもりだ。だがこの時間が有効に使えたのは思いがけないことだった。

曲の構成は次のようになる。10曲は私の物語『The Boy Who Heard Music』を元にしたミニ・オペラ(そのうちの6曲は6月-7月にリリースされるマキシシングル『Wire & Glass』で聞くことができる)だ。残りの7曲は飾り気のないアコースティック曲とお馴染みのロックな楽曲が半々となる。以前から言っているようにできる限りシンプルなレコーディングを心がけており、私のホームスタジオにあるたった8トラックのアナログ・テープで作業を始めて、仕上げのコンピュータ処理のみプロ用スタジオで行っている。エキサイティングなサウンドだ。古臭さは微塵もない。

完成したマスター音源を6/28にPolydorに届ける予定だ。

どのようなタイトルにするか、まだ考えがまとまっていない。

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by yukie909 | 2006-05-20 17:32 | diary
2006年 05月 20日
20 May 2006 / VV9
[原文] 2006年5月20日の公式サイトの日記。
VV9
「リリック・ガイド」9作目。前回に予告した通り、「料理に何かが入ってる!マライア・キャリーのオッパイみたいにこの世にあり得ないものが」といった感じの軽妙な雰囲気の作品になっています。


前回の日記で書いたことは冗談だと思っただろう。しかし私は本気だ。この歌詞は同じくカリフォルニアのLa Jollaで書かれたものだが(一連のVanitiesシリーズはここから始まった)、これは前回よりは後に書いたもので、La Jolla Playhouse振興基金の為のチャリティライブを2公演行う為に再びこの地を訪れた時に書いたものだ。我々が泊まった感じの良い小さなホテルで、私は自分のサラダの中にかつては生きていた何かが入っているのを見つけた。健康的な食事が本当にいつも健康的なのかどうか考え直すきっかけとなった。ああ、ところで、最後の一行の「La Jolla」は「La Hoya」と発音する言葉だ。(※『jolla』は一見『ジョラ』と読むように見えるけれど『ホーヤ』と読む、前の行の『soya(ソーヤ)』と綺麗に韻を踏んでいるんだよ、という説明です)

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There is Something In My Food (2000年4月11日作、2000年11月23日修正)

I sat with you in a small café / Seated by the window on a rainy day
And we talked on our mobiles / Trying not to be rude
When suddenly we realized / There was something in our food

Oh my God, / There is something in the food
Something God never put there / Like Mariah Carey' s boob
Oh my God, / This is nothing we can share
Not a stone or a razor blade / Nothing quite so fair
Oh my God / Not an insect or a hair
We can't really see it / But we know it is there
This is nothing we can prove / There is something in the food

Now if I sat with you in a small café / And a twenty foot snake
Slid from under my soufflé / And from your mashed potato
Leapt a twelve legged toad / Spewing A – Z – T Viagra
As we squashed him in the road

Then oh my God / There'd be something in our food
Something that was different / That our bowels never pooed
Oh my God / The café could be sued
We could make a million / We'd be in a jolly mood
But this is nothing we can prove / There is something in the food

Is it GM corrupted? / Is it modified soya?
Is digestion interrupted /By this lunch in old La Jolla?

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by yukie909 | 2006-05-20 16:48 | diary
2006年 05月 19日
19 May 2006 / Vanity Eight
[原文] 2006年5月19日の公式サイトの日記。
Vanity Eight
「リリック・ガイド」8作目。誕生日にアップされた歌詞は、つらい時期に書かれたダークな内容のものでした。
Happy birthday Pete!!


今日は私の誕生日だ。あと数時間残っている。そこでもう1作だけ、私の最悪だった時期のひとつに書かれた暗い歌詞を公開することにしよう。明日にはもっとおかしくて馬鹿馬鹿しい曲をアップするつもりだ。そうすれば私が身投げしたがっているような人間には見えないだろう。

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I Lost Interest (1999年7月9日作)

When I reached a certain point
When I'd rediscovered my childhood
When I'd been promoted by my peers
When the story I was telling
Became a recorded story
Full of other people's memories
I could go no further.

For I have no wish to dispute
What others call the truth
I know that, only sometimes, am I right
But when my story
Became their story
I'm afraid I lost interest.

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by yukie909 | 2006-05-19 15:24 | diary
2006年 05月 19日
19 May 2006 / Vanity Seven
[原文] 2006年5月19日の公式サイトの日記。
Vanity Seven
「リリック・ガイド」7作目。歌詞作りに苦しむ心境を歌っています。


晴れた日の午後、必死に歌詞作りに取り組んでいた時に書かれた歌詞。創作活動における失敗がどれだけひどく心を傷つけるかについて語るものだ。

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Time To Think (1999年7月9日作)

I thought one day / I'd have time to think;
I longed for the day.
I didn't realise / That, when the day came,
Thought itself would stop me thinking.

Older, much older, I have watched that time / Running out
I stopped running / Time started
Standing shock-still I leave myself behind.

I set aside this day. / There is no peace.
Engines rumble. / A gardener snips and cuts.
A cleaner vacuums.

I can sit here, / Ripening grapes above my head,
In a room older than my great-great-grandparents.
I can connect with them / And with their stories,
But I can't seem to hear myself.

I thought perhaps I could.
But I can't.

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by yukie909 | 2006-05-19 15:04 | diary