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2006年 03月 28日
28 March 2006 / Bob Carlos Clarke
[原文] 2006年3月18日の公式サイトの日記。
Bob Carlos Clarke
2006年3月25日に亡くなった写真家Bob Carlos Clarkeの死を悼む日記です。彼とPeteとは『EMPTY GLASS』のジャケ写撮影で縁がありました。



Bob Carlos Clarkeが交通事故で亡くなった。彼は私のソロアルバム『EMPTY GLASS』のジャケット写真を撮ってくれた男で、彼との仕事は楽しいものだった。長い間連絡は取っていなかったが、彼は特にカラーの紙焼き写真の技術に秀でた、優れた腕前の写真家で、下品さを全く感じさせないHelmut Newton(※ドイツ出身の写真家で、彼も既に故人。主な作品はこちらのような強烈にエロティックなファッション写真を撮ろうと試みていた。だが彼の作品はセクシーなヌード写真をはるかに超えたものだった。彼は快活で、頼りがいがあり、ウィットに富み、パブリック・スクール・アクセント(※イートン校など、イギリスの裕福な家柄の子供が通う名門私立学校で話されている英語)が彼本来の優雅さと魅力を物語っていた。近く開催される彼の写真展を心待ちにしている。

(※公式サイト:Bob Carlos Clarke
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by yukie909 | 2006-03-28 10:49 | diary
2006年 03月 18日
18 March 2006 / Recording The Who's Mini-Opera
[原文] 2006年3月18日の公式サイトの日記。
Recording The Who's Mini-Opera
Peteより、新作の進行状況についての報告がありました。6月に11分ほどのマキシシングル「The Glass Household」がリリースされるとのことです。小説「The Boy Who Heard Music」を元にしたミニ・オペラ風作品で、Zak以外のいつものメンバーが参加し、着々と制作が進んでいるようです。


週末だ。何とかレコーディングのスケジュールを少し早めに進められたので、セッションがどのように進行しているかの状況を知らせることができる。

1月半ば頃、6月に始まるヨーロッパ・ツアーに参加できるかどうかのはっきりした決断をしなければならなかった。私はリリース可能な作品を12曲ほど用意していた…もしそれがソロアルバムであったならば。だがそのうちの半分はかなり力強く、スローテンポで、円熟した雰囲気のものだった。Rogerは既に「In The Ether」について「俺はパスする」と言い、私が自分で歌うか、ソロアルバムの為に取っておいてはどうかと提案した。The WhoのマネージャーであるBill Curbishleyは、私に決断を急ぐよう迫った。私のスタンスは「もう新曲なしのThe Whoのツアーは行わない」というものだった。

4ヶ月の間、インターネット上で無料で閲覧できる小説「The Boy Who Heard Music」の連載を行ってきた。私はこの作品を「ノヴェラ」と名づけた。連載中、私はワクワクした気分を味わい、自分のしていることに自信を持った。おかげで私は結局のところ自分が2001年からずっと最も重点を置いてきたものに集中して取り組むことができた。それは大規模な劇場型音楽イベントの基本となる曲の集まりを生み出すことだった。しかしRogerは私の物語の初期の原稿を読み、参加を断った。その為、The Whoのアルバムの為の曲を書こうとすると、私の音楽制作の基本的な焦点が合わなくなってしまった。なんとか単独で使える数曲を作ってみたものの、それらの曲も「The Boy Who Heard Music」に取り組んでいる自分の心の動きがそのまま反映されてしまっているようだった。

1月10日、私は突然パッと閃いた。Eel PieのマネージャーであるNick Godersonは長い間癌の為に病床におり、私は彼のことをよく考えていた。脳裏に浮かんだのは、かつて彼が「The Boy Who Heard Music」について「Magnum-Opus」ではなく「Mini Opera」にしてはどうかと提案してくれたことだった。
(※Magnum-Opusはラテン語で『最高傑作』という意味。語感が似ている2語を並べてみたということでしょうか?)私が必要としていたのはまさにそれだった。私の頭の中にあるストーリーと、1章ずつ発表していく間に反応を返してくれた人々による何百もの有益なコメントにより、私は「The Boy Who Heard Music」の大体の歌詞をすぐに書き出すことができた。7~8個の短い抒情詩から成るそれらの歌詞については、ストーリーの深み、背景、複雑さなどは何も踏まえていない。ある意味では、私は小説で探求し、綿密に作り上げたものは意図的に無視し、ただペンと紙を手に腰を落ち着けた時に頭の中に浮かんできたものをただ捕らえたと言える。1971年まで遡って「Lifehouse」の脚本と歌詞の助けを借りることもできた。そのうちの一つ「Sound Round」は、物語のはじまりに使用した。(※Peteの公式サイト内、Lifehouseのページに"Sound Pound"という名前で歌詞が掲載されています。内容を見ると"Sound Round"となっているので、"Pound"は単なる入力ミスなのかもしれません)小説の為に書いた歌詞もいくつか使った。私はすぐに短い曲の集まり、または「ミニ・オペラ」の為のまとまった歌詞を用意することができた。いくつかの短いデモを作り、1月17日までにはThe Whoのアルバムの為のしっかりとした柱となる30分の音楽の準備が完了したが、私は「The Boy Who Heard Music」の血脈を生み出すことを続けた。

以上のことに基づいて、私は考えをまとめるにはあまりにも早く話が持ち上がったツアーとそれ以外の全てにつき、ちゃんとやってみせると確約した。すでに10曲が完成しており、そのうちの2曲はかなり長く、込み入ったもので、それ以外は短く、力強いものかシンプルなバラード風の曲だ。私は作曲する時にはいつもそうするように、全てのパートを自分で演奏した。2月28日には他のミュージシャンと共に私の大きなスタジオOceanicに入った。インターネットに小説の最後の投稿を行った3日後だ。

私はヨーロッパ・ツアーに出る前にレコードをリリースすることに決めた。インターネット上限定ということになっても構わないと思っていたが、Polydorがメイン・アルバムに先駆けて何か柔軟な作品をリリースすることにおおむね同意してくれた。そこで今月の終わりに間に合うように6曲(ミニ・オペラからの抜粋となる)を仕上げているところで、6月には現在我々が「マキシ・シングル」と呼んでいる形でリリースできるだろう。実際にはEPだが。約11分のものになる。

ベースをPinoに頼み、彼は大きな熱意をもって取り組んでくれた。Rabbitは昔流のハモンド・オルガンを演奏している。弟のSimonとBilly Nichollsはバッキング・ボーカルで協力してくれた。ドラムはRachel Fullerのバンドのドラマー、Peter Huntingtonが見事な演奏をしている。(我々のいつものドラマーZak StarkeyはまだOasisと共に南米を回っている)Rogerのヴォーカル録りが月曜に始まる。

レコーディングはBob PriddenとMyles Clarkeの2人のエンジニアの力を借りて行っている。

ミニ・オペラのタイトルは「The Glass Household」だ。

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by yukie909 | 2006-03-18 15:01 | diary