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2005年 11月 29日
29 November 2005 / WhoTV requirements to view
[原文] 2005年11月29日の公式サイトの日記。
WhoTV requirements to view
TowserTVを見る際の環境について丁寧に説明しています。タイトルが「WhoTV requirements」になっているのは単に名前を変えたことを忘れただけのようです。


PC(Macではなく)を使っている人は、最新バージョンのWindows Media Playerが入っているか確認してほしい。Newsページの「Basement Jam Update」の記事にリンクがある。

OS9のMacの場合は、Media Player 9ではなくWindows Media Playerをダウンロードしてほしい。

OSXのMacの場合は、Newsページの「Basement Jam Update」の記事にMattが張ったリンクをたどってほしい。

セットアップが完了したら、一度ソフトを立ち上げた際に「Preferences」を開き、ラインスピードを設定してほしい。私の場合、バッファ値を初期設定ではなく10秒に変えた方が安定する。動作が不安定なときは、バッファ値を変えてみることを勧める。
(※WMP日本語版のバッファ値の設定場所はこちら

ダイヤルアップで繋げている場合は、音声はよく聞こえても恐らく映像は全く映らないだろう。ISDN回線ならそこそこの映像が見られると思う。DSLやT1接続であればきっと最高の音声と映像を楽しめるはずだ。しかしそれでも住んでいる場所の接続状況によっては時々映像が乱れることが考えられる。特に仕事を終えた金曜の夜は快適な映像を楽しむのには全く向かない時間帯だ。(たとえば、eBayのオークションではこの時間に最も入札が入る)
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by yukie909 | 2005-11-29 14:05
2005年 11月 29日
29 November 2005 / Meher Baba - God Speaks - a movie
[原文] 2005年11月29日の公式サイトの日記。
Meher Baba - God Speaks - a movie
Peteは今もMeher Babaの信奉者のようで、TowserTVで最近制作された彼に関する映像を流す予定と言っています。その作品にインスト曲を提供しており、現在歌詞をつけているとのこと。のちにそれが「God Speaks Of Marty Robbins」として「ENDLESS WIRE」に収録されたものと思われます。
Meher Babaの魅力、進化論についてなど、後半うまく訳せませんでした。


ここ数年私はMeher Babaについてほとんど公的な発言をしてこなかった。私のウェブキャスト用スタジオであるOceanicは、実は1976年に「Meher Baba Oceanic」という形で誕生したもので、3~4年間はフィルム・スタジオとして、また公開され人々が交流できる場として使用されていた。その時からずっと、Meher Babaに対する敬意をこめて、私はそのスタジオを公開していた期間に制作した、又収集したMeher Babaに関連する映像のフィルム・アーカイブの管理に情熱を注いできた。

私が現在運営している「The Boy Who Heard Music」のBlogで、物語の語り手が自身が信じるインドの導師「Bollo」についてちょうど言及したところだ。第11章に書かれている。それにより、Meher Babaに関するコメントがいくつか寄せられた。

このBlogでの交流に対する回答として、TowserTVで何度か「The Theme of Creation」を流そうと考えている。次回の24時間放映は今週の終わり、12月1日(木)に行う。これはTim Thelenによって制作された、Meher Babaの驚くべき(そして少々不可解な)本、宇宙について説明した「God Speaks」に関する映像だ。この映像は、私が書いた「Marty Robbins」というタイトルのギター曲で幕を閉じる。私にとってTimの作品は、我々人間の機能についてこの本が何を伝えようとしているか真剣に考える大きな助けとなった。その後私はそのギター曲のタイトルを「Marty Robbins」から「God Speaks」に変え、歌詞を作っている。ヴォーカルを入れ終わったらここにアップするつもりだ。

私は宇宙について説明できる地球上の唯一の人にたまたま出会ったということを誰かに無理に認めさせようと考えるほど馬鹿ではない。だがMeher Babaが他の導師達とは違って常にたくさんのクールな人々に囲まれていたこと、彼の笑顔がとても素敵だということを気づくぐらいには利口なつもりだ。だから?私は馬鹿女だ。
(※bimboは見た目は良いけど頭はからっぽの女性、だらしのない尻軽女といった意味。赤ちゃんを指すイタリア語bambinoからきているそうです)もし君が「自分は馬鹿女なんかじゃない」(精神的な意味において)と考えているなら、君がDeepak Chopra(※アメリカで人気の高い医学博士)かDalai Lama(※チベット仏教の最高指導者)で、私よりも宇宙とゴルフについて詳しく知っているとしぶしぶ認めよう。これは半分冗談だ。Meher Babaは神が創造(※宗教的な意味でのCreationを指していますが、うまい訳語が思い浮かびません)とおはじき遊びをしているとよく言っていた。それが間違いだと断言できる人間がいるだろうか?ゴルフはこの世界において自然科学と沈黙(※原文では"science and silence"という綺麗な響きになります)の間の良き中間地点だ。

Meher Babaは現在のダーウィン進化論者と創造論者の間の議論の方向を変えた。
(※進化論は、生物の種は時間とともに変化するものであり、現在見られる様々な生物はその変化の中で生まれてきたものであるという学説。創造論は、この世のあらゆるものは創造主である神によって創造され、不変のものであるとする宗教的な論説。お互い相容れない考えの為、今なお議論が続いています。進化論自体はダーウィンだけの考えではないですが、この場合のDarwinistは進化論を信奉する人、といった意味で使われているように見えます)彼は、進化において最も重要なのは、進化するのは意識であり、意識が無限へと行きつ戻りつする必要性こそが宗教をも含む進化の全ての面を促進するということだと主張した。(?)これはとても興味深い。簡単に論破できるし、簡単に受け入れられる。理解するのは不可能だ。この素晴らしき世界で重要な意味を持つ全てのことと同じように。(※wunnerfulはwonderfulを崩した形のようです)
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by yukie909 | 2005-11-29 14:04 | diary
2005年 11月 28日
28 November 2005 / Basement Jam - car parking
[原文] 2005年11月28日の公式サイトの日記。
Basement Jam - car parking
12月4日のスタジオライブの観覧客に対し、駐車スペースや時間をつぶせるパブなどの案内をしています。


イベントの本人用チケットを持っていて、Oceanicに車で来る人は、スタジオの近くの道路に無料で車を停めることができる。洪水注意の標識を目にすると思うが、12月4日は満潮の心配はない。もし早く着いてしまった場合は、道路の先にある「The Ailsa Tavern」に行けば美味しいパブフードが食べられる。
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by yukie909 | 2005-11-28 13:59 | diary
2005年 11月 27日
27 November 2005 / Boy Who Heard Music Blog
[原文] 2005年11月27日の公式サイトの日記。
Boy Who Heard Music Blog
blogのコメントを削除したことについての説明。Peteは自身のblogで一晩の間に1人の相手とかなり長いコメントのやり取りをして、すぐに全てを削除しました。その文章のバックアップも保存してありますが、あまりにも大量な為、今のところ翻訳は省略します。


小説を連載しているこのBlog(※元々はPeteが自分のBlogにコメントした文章をdiaryにコピーしたのでこのような表現になっています)における私のコメントの多数を削除した。昨夜そのコメントを書いた時、私はかなり気が動転していた。かつて一緒に働いていたある人間が書いた私の文章に対するコメントに刺激されたからだ。私は今まで多くのコメントを削除してきた。悪意はないということを先に言っておきたい。どんな内容であれ、Blogへのコメントはいつでも歓迎している。もし心を乱されるようなものがあれば消すことができる。今回の件では、書かれた内容(今日になって読み返したらあまりにも奇妙だった)が誤解されないようにと考えて自分のコメントを削除した。謎めいて聞こえるかもしれないが大したことではない。文章に意識を集中するよう努力しているところだ。(?)
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by yukie909 | 2005-11-27 13:54 | diary
2005年 11月 27日
27 November 2005 / WhoTV now TowserTV
[原文] 2005年11月27日の公式サイトの日記。
WhoTV now TowserTV
WhoTVの名称が「TowserTV」に変更され、ロゴ画像も新しくなりました。The Who以外の映像が多数オンエアされるようになったためのようです。TowserはPeteが飼っていた犬の名前で、The WhoのシングルB面曲「Dogs Part II」にクレジットされている他、Peteは「Towser Tunes Inc.」という会社も持っています。


この名称の変化は、現時点でここで見られるものは個人的に私が流したい映像で、純粋にThe Whoだけのものではないということを示すためのものだ。Matt Kentはこのコンテンツを元々の目的である「Vox-Box」として使用するまで、何が流れているかほとんど全てアナウンスしてきた。(『IN THE ATTIC』の場合は、音楽付きのVox-Boxだ)

後に、我々は同じようなものに出資するようRogerを説得し、The Whoの映像だけを流すウェブ・ストリーム放送を作ることができるかもしれない。しかしその場合はThe Who専門のページに置くことになるだろう。

ところで、「TowserTV」はほんの一時の名前となる可能性もある。たまたま私の頭に最初に浮かんだ言葉だったというだけだ。

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by yukie909 | 2005-11-27 01:50 | diary
2005年 11月 25日
25 November 2005 / I Have a Decent Job - Thank you for asking.
[原文] 2005年11月25日の公式サイトの日記。
I Have a Decent Job - Thank you for asking.
PDFファイルで2ページ半ほどのエッセイ。


朝食前にひらめいたことをこちらにまとめたので見てほしい。

2005年11月25日(金)
小説「The Boy Who Heard Music」を書き上げてから長い時間が経った。私はこの作品の裏にある意図を40年も暖めてきた。時の経過により混沌としてきた私の様々な情熱がミックスされたものだ。それは現在2つのウェブサイトにおける連載小説という形で表現されている。私の小説が支えるテーマはシンプルで、芸術の分野において大きなグループの人々が集まって取り組むと、何か不思議なことが起こるということだ。最初の章のプロローグにおいて、語り手であるRay Highはあれこれと喋り散らす。この背景で私が重要な時期だとみなしている70年代と80年代の中間という落ち着かない時代から彼はぶちまける。彼が自分について熱弁をふるっていることの一部は60年代から持ち越されたものだ。ある箇所で彼は「グローバル化」という単語を使っている。彼が使っている言葉の全ては現在、インターネットに小説を発表したほんの短い間ですら、損なわれ破壊されてしまっている。「グローバル化」という言葉はかつては忌むべき言葉とされていた。今ではそれほど悪くは感じられないようになっている、少なくとも私にとっては。
私が支援してきたチャリティはTony Blair首相を批判している。彼が「貧しい国が前進するにはたった一つの道しか残されていない、それは富める国からの施しを受けることだ」という意見を推し進めてきた為だ。私も協力したLive8でも同様の主張がされていた。他方では、「豊かな」世界ではめちゃくちゃな考えと秩序なくごてごてした飾りに満ちている。昨日私のパートナーのコンピュータに「スペインの宝くじで貴方に60万ポンドが当たりました」という詐欺メールが届いた。彼女は馬鹿ではないが、そのメールがあまりにも真実味を帯びていた為、数時間の間は希望に満ちた気分で過ごした。ゴルフの教祖のように?
(?)私の16歳の息子は初めてゴルフボールを打つことを学んでいる。彼はこう言う、「父さんがした方がいいと言ったことをしている限りはうまくいくよ」よくできた息子だ。Chopraの奴が彼を診る必要はないだろう。
我々のような西欧の真っ当なミドル・クラスの人間は、貧しい者が貧しくあることに憤り、イスラムに対して立場を濁し、テロについての答えの出ない問いに混乱し、薬物と毒物の治療に関して正しいモラルの周りに不可能の円を描いては関連本を読み漁る。
(?)
マスコミのsmart Alecs(※何かの固有名詞のようです)と違って、私は仲間のグループを嘲笑っているわけではない。私自身も様々な種類のビタミンを摂って、寂しくなった髪がまた生えはじめたり、右耳の耳鳴りがやんだりすることを馬鹿みたいに願っている。しかしどちらにも効果は出ない。それとも出ているのだろうか?

私は有名人だ。どうやら今のところは我々のような人間が世界を導いているらしい。有名人とは言っても、クイズ番組に出演したりパーティを開くようなことはしていないが、私がサインを走り書きしたギターが定期的にチャリティで高い値段で売れている。私は自分が周りの世界から大きくはみ出しているような気がよくしている。世の中には「Quadrophenia」のようなひどく悲観的な曲の集まりからもある種の希望を見出せる人々がいる。このことはいつも私を呆然とさせる。このような10代の不満と不合理、誇大感、無知を歌った希望のないリアリティー・ショーがどうしたら誰かを元気付けられるというのか?しかしそれは一部のとても賢い人々を勇気付けているようだ。Roger Watersと私は「The Wall」が映画化された時にこの件について話し合ったことがある。私達の世代のソングライター達はどんなメッセージを戦後の時代に持ち込み、存続させたのか?それは厳しい現実に満ちたメッセージだ。望みはほとんどない。皮肉ばかりだ。どこかにバーを掲げ、高くしていかない者は、ジョークを飛ばして地球上の全ての人は - 自分を含めて - 大うそつきだと宣言するべきだ。
(?)きっと長い間不安な日々を過ごすことになるだろう。利口なアーティストは自分のできることしかしない。画家は絵を描くだけ、映画監督は映画を撮るだけ、作曲家は曲を作るだけ、演奏者は曲を演るだけだ。
私は自分が「音楽として知られている洗練された時間の区切り」以外の何かを伝えることができる人間としてみなされることに不快感を覚える。音楽は私が一番うまくやれることだ。私の仕事が言葉を使わなければできないものである為に、若者特有の圧倒的なパワーがない今、私は何かまともなことを言おうと言葉を探し、もがいている。誰かを勇気付けることは自分の仕事だと思っていない。それは思い上がりというものだ。しかし私は自分のような人間の言葉が一部の人々を勇気付けているという事実を受け入れなければいけない。私が他の何百万人ものブロガー達と同じように、本を出版するという虚栄心の元に
(※?vanityは虚栄心、うぬぼれといった意味ですが、vanity press、vanity publisherでは自費出版請負業者になるようです)「私の永遠の余暇」(?)を展開しているブログ、boywhoheardmusic.blogspot.comでは、読者がコメントをつけることが出来る。このことは皆が小説家としての私をサポートしようと手を差し伸べてくれていることになるので、とても嬉しく思っている。彼等の援助は無制限でも、符号化されたものでも、生のものでもないが、9割は肯定的だ。彼等が思想家としての私をサポートしていると感じていないことを願う。私の思考はつねにこんがらがっているからだ。どのみち政治的な問題や社会道徳は日々変わってゆく。私は何ら伝えるべきメッセージを持っていない。答えもない。
私は一つのことを知っている。そしてそのことのみが絶対的に確かだ。The Whoが活動のある時期に大観衆の前でライブをしていた時、客席にいた人々からその時トランスしていたと後で聞いた。私はそのようなトリックを使うのは - それがトリックであるなら - ステージ上にいるアーティストではなく、客席にいる観客自身だということがわかるぐらいには分別がついている。これは素晴らしい仕事だ。我々はステージに登場し、演奏し、観客は「
(※精神が体を)抜け出て」いく。それとも彼らは「自分を見失って」いつのだろうか?どちらにしても、良い解放だという人がいる。私はそうは思わない。私には仕事が必要だ。キャリアのずっと初期、もし私がそれに加わり、我を忘れてトンでしまう状態に自分を持っていこうとしたとしたら、たとえ観客やレコード会社やマスコミからそうするように急き立てられてのことであっても、長い目で見ればほとんど感謝を受けることがなかっただろう。どんな場合でもそれは痛みを伴う。
ブログに寄せられるコメントの数々は、名声、つまり私にはそぐわない立派な名誉が私に与えられてきたことを表している。それは私がアーティストとして行うことに彼等が関わって、その結果自分自身を見つけたり、失ったり、自己から脱したりしたというシンプルな理由からのことだ。私はそのことに満足している。恐れているのは、私がただ仕事の一環として受け入れることを選んだというだけのものについて、私が彼等が知っているよりも多くのことを知っているのではないかと思われることだ。多くの人に知られた私の作品の多くは、政治的・社会的な内容は含まないという考えを基本としている。私は自分が知っていることだけにじっくりと専念するようにしている。
そして最も肝心なのは次のようなことだ。60年代後半からの全ての作品で、私は精神的問題というものを取り上げてきた。私は自分の作ったストーリーの登場人物に、Roger Daltreyと私が観客を前に歌う時に使っていたハードなロックンロール・ヴォイスによって、怒り、わめきちらすことを許した。そのような声は必ずしも自分自身の声とは限らない。多くのファンが喜んで聞いてくれるような、よりソフトな声で歌っている時も、私がどういう人間であるかを完全に表しているとは限らない。The Whoのライブで、マシンガンのようにギターを抱えてRoger Daltreyの隣に立っている時でも同様だ。私がそのようなものから自分自身を解放するよう努力していたとしても、この文章は自己愛の方法に向かってしまう。
重要なのは、現実から非現実へ、科学的に検証されたものから楽観的に希望をつないだものへ、政治の歴史から混乱した世界管理へ、ライブの真実(又は君のカーステレオに入っている新しいCD)からフィクションへと我々が道を外れていった時、責任のバトンはマスコミから個人へと渡されるということだ。アーティストにはこれ以上できることはない。ひとりひとりが民主主義か否かを選ぶことができる。先に言っておくが、私は自分が関わっている精神的問題について何も知らない。何ひとつだ。立派な理論なども一切持ち合わせていない。最近のステージでEric Claptonモデルのフェンダー・ストラトキャスターをFender VibroKingのスタックアンプに差して使った時、特に私がサングラスをしていると、ギターがひとりでに音を奏でるように思えることがあるように思うのは確かだ。しかしこのことにまつわる謎や神秘主義、空想などは、私が何をするかではなく、観客が何を耳にするかによる。私は私のやるべきことを続けるのみで、それが私にできる全てだ。
この文章を書いている今、ある曲を作っている。後でもう一度腰をすえ、歌詞をじっと見つめて良い曲か駄目な曲か考えるつもりだ。とてもシンプルな曲で、こんな風にはじまる。「あなた自身が自分を救おうとしていないのに、どうして私があなたを救えるというのです?」

The WhoのPete Townshendとして知られているソングライターが、一見Tony Blairがグローバル化の良い点について語った最近のスピーチの内容に似かよった歌詞を書きはじめる時、私に希望を持たせてくれる唯一のものは、前述のもののうちのひとつがアーティストで、もうひとつはシッターだということだ。
(?)最近のばかげたお遊び、UK Rock and Roll Hall of Fameにこの2人が同時にテレビに登場したという事実とは何の関係もない、何らかの公正な命令があったようだ。(?)グローバル化も精神的問題のうちのひとつと言えるだろうか?精神的と言えないものは何だろうか?

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by yukie909 | 2005-11-25 13:38 | diary
2005年 11月 24日
24 November 2005 / In the Attic - End of an Era
[原文] 2005年11月24日の公式サイトの日記。
In the Attic - End of an Era
『IN THE ATTIC』があと1回のクリスマス・スペシャルを残し全エピソードが終了しました。その代わりに米国の人気ドラマを見てはどうかとすすめています。ちなみに(どうでもいいことですが)Rachelと同じぐらい魅力的という主演女優Jennifer Garnerは『デアデビル』『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』等にも出演しているこんな人です。


『IN THE ATTIC』シリーズの全10回が終了した。次は『ALIAS』(※アメリカのスパイ・アクション・ドラマ。日本でも『エイリアス』のタイトルで放映されています。公式サイトはこちらを見ることをお勧めする。同じぐらい素晴らしく、同じぐらい馬鹿馬鹿しく、同じぐらい主演女優が魅力的だ。(主演男優も!)だがRachelは12月17日にクリスマル・スペシャル番組を行う予定だ。
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by yukie909 | 2005-11-24 23:28 | diary
2005年 11月 20日
20 November 2005 / WhoTV
[原文] 2005年11月20日の公式サイトの日記。
WhoTV
WHO TVでは以前からブートレグ映像を流していますが、更にPeteが誕生日プレゼントとして受け取った新作映像が追加されるとのことです。Peteはブートに対してある程度は寛容なようで、Grateful Deadのライブで見られるテーパーズ・セクションをThe Whoのライブでも取り入れることを検討していると言っています。また、Peteの仕事をサポートしているNick GodersonとMatt Kentが入院中とのこと。お大事に。


WHO TVでは、質の高い有料イベントの実施と並行して、無料のストリーム映像を多数ループ再生することも計画してきた。イベントの実施は12月4日に予定しているが、いくつか重大な問題が生じている。技術的なことではない。

私の会社のトップとチームリーダーを務めるNick Godersonは大きな手術を受けたばかりで、サイト管理人のMatt Kentは肩の手術を受け3週間にわたって療養中だ。その他チーム内の数人も小さな問題を抱えている。最初の有料イベントは来年に行われることになった。恐らく2月に。

12月4日の『BASEMENT JAM』は無料で行われることになった。Rachel FullerとNicola Joss、私のスタジオ・チームであるLincoln FongとPaul Bonnickは全て準備を済ませている。心配な点は、チケット又はパスワードシステムを万全にしなければ視聴者全員に良い映像を提供することができないことだ。需要に見合う回線容量を確保できていればいいのだが。

来週のWHO TVでは多くのブートレグ映像のDVDを流す。これはCarrie Prattが5月に誕生日プレゼントとして私に送ってくれたものだ。彼女は「LONG LIVE ROCK」サイトを立ち上げ、BitTorrent
(※大容量のファイルを配布するために開発されたファイル共有ツール)グループを作り、将来的に高画質の映像をシェアウェアや商業的な形で配布することを考えている。だが今週流すブート映像は有料でもおかしくないようなものだ。我々はブートレグ業者を追い払う意図はない。むしろ彼等が隠れてやっている仕事を受け入れ、彼等と我々の観客を増やしたいと考えている。

The WhoのライブではGrateful Deadのような録音・撮影エリアを設けることを検討している。
(※Grateful Deadのライブではサウンドボード後方にテーパーズ・セクションと名づけられた録音推奨エリアが設けられ、通常より割高なチケットを購入した人はセクション内に機材を持ち込んで堂々と録音できました。録音した音源のコピーをアーティスト側に提出すれば、その音源のトレードは黙認されます。撮影も可能です)そうすればより高品質の音響・映像が得られるだろう。現時点では、賢いブートレグ業者がRogerのヴォーカルをマイクからこっそり盗んでいるが、これはひどい音で、ステージの全体の音のバランスが台無しになると言わざるを得ない。Rogerが曲の一節を歌う度にバンドの音が一瞬かき消える。Rogerのイヤホンに流れ込む音よりは、観客が耳にする圧縮されイコライジングされた音の方が良いだろう。(?)

近いうちに更なるニュースを伝えられるだろう。ワクワクするだろう?だが君達はまだ何も見ていない!!
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by yukie909 | 2005-11-20 22:34 | diary
2005年 11月 20日
20 November 2005 / BASEMENT JAM - Now FREE!
[原文] 2005年11月20日の公式サイトの日記。
BASEMENT JAM - Now FREE!
12月4日にWHO TVにてRachel主催のスタジオライブのネット生配信が予定されており、その案内です。当初課金式とアナウンスされていましたが、無料になりました。このライブに加え、過去の(恐らく『IN THE ATTIC』などの)映像も収録したDVDが制作されるとのことです。


まるで地方のゴルフクラブの社長が使うような表現になってしまうが、『BASEMENT JAM』についてお知らせできることをとても嬉しく思っている。このウェブ放送は12月4日にロンドンのOceanic Studiosから行われる。課金式ではなく、無料で見てもらえることになった。そのため全ての視聴者がストレスなく綺麗な映像を楽しめるという保証はできかねるが、回線容量を大幅に増やして対応しようと考えている。

注意!このショーを見るにはWindows Media Playerが必要となる。このサイトのダウンロードページで使用しているQuicktimeとReal Playerでは今回は見ることができない。

Rachel Fullerが毎週半ばにOceanic Studioから放送しているプログラム『IN THE ATTIC』は、この初めてのライブ放映の為のテストだった。12/4のショーについてはすでにRachelから彼女のblogと先週の『IN THE ATTIC』にてアナウンスされている。

限定された数の観客がロンドンのスタジオでライブを見ることになるが、プログラム自体の対象は自宅でインターネットを介してライブを楽しむ人々だ。

ショーには10月18日にRachelがバラムのBedford Armsで行ったライブのゲストと同じミュージシャンが出演する。Pete Townshend、Foy Vance、Simon Townshend、Mikey Cuthbert、そして勿論Rachelがショーを主催し、自身のバンドとともにライブを行う。

『BASEMENT JAM』ではライブだけではなく、Rachelの『IN THE ATTIC』でのインタビュー、トーク、弾き語りなども行われる。君達の多くがすでに見ている形式のものだ。Bedford Armsでのライブのハイライト・シーンも流される。

2006年初めにはこれらの様々なイベントを収録したDVDが発売される予定だ。

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by yukie909 | 2005-11-20 15:24 | diary
2005年 11月 12日
12 November 2005 / The Boy Who Hear Music - Chapter Nine
[原文] 2005年11月12日の公式サイトの日記。
The Boy Who Hear Music - Chapter Nine
デモ曲「In The Ether」のヴォーカルスタイルがいつもと違っていることについて、「歳を取って声域が狭くなり、様々な歌い方を試すようになった」と説明し、この曲で表現したかったことについて語っています。創作活動はよい状態で進んでいるようです。なぜかこの日だけタイトルが「Heard」ではなく「Hear」になっていますが、きっと意図したものではなく単なる間違いと思われます。


こちらが最新の章となる。突如として、私の創作活動はとてもパワフルな良い方向に向かってきた。私の制作の過程にはかなりの困難が伴い、時には暗いものとなるが、全体としてはとても前向きな気分で、ようやくいくらか曲作りも進んだ。blogにアップした「In The Ether」のデモでの私の歌い方(※MP3ファイルはこちら。一般のPeteの曲で聞かれる優しい歌い方とはかなり異なる、しゃがれ声のような太いヴォーカルで歌われています)が気にかかるというコメントの数々を読み、興味深く感じた。この曲をRoger Daltreyに聞かせた時、彼も同じように驚いたと思う。これは裏声でも、(The Poetry OlympicsやThe Bedford Armsでのライブでこの曲を歌った時の)ふざけて出した声でもない。これは現在の私が使っている声で、私の作品のうちの一部分を表現するのに最も相応しいと思われるものだ。私が通常歌う時に使っている「きれいな」声は私の元から消え始めている。残念だがこれは他のどんな原因より歳をとったことによって引き起こされた現象に他ならない。私は健康だし、煙草も吸わないし、まだ聖歌隊の少年のように歌うこともできる。しかし私の声域は狭まってきており、時々若く見せようとして馬鹿みたいな気分になることもある。

とにかく、私は様々な歌い方で歌い続けており、この
(※In The Etherで歌っている)声が現時点では気に入っているものだ。「In The Ether」は完全に「The Boy Who Heard Music」に属するものだ。道を見失ったことを歌った曲で、必ずしも歳をとることについて歌ったものではないが、そのような意味にも取れる。この曲では瞑想で精神が身体を抜け出した時に何が起こるかということを表現しようと試みた。そのような時に人は混乱や、イメージや、時には予想もしない人々の姿などを見出す。主として心を空にし、原因のわからない痛みを探すことについての曲だ。

これは言うほど悪いことじゃない。そこからしばし離れてよく振り返ってみない限り、どんな欠片が我々の頭の中にあるのか今なおほとんど全くわからないという事実に、熟考、内省、治療、セラピーに満ち満ちた人生を送った後の60歳にして気付くということは、この上なく健康的なことだ。

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by yukie909 | 2005-11-12 15:13 | diary