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2005年 09月 23日
23 September 2005 / Poetry Olympics GOOD NEWS
[原文] 2005年9月23日の公式サイトの日記。
Poetry Olympics GOOD NEWS
PeteはPoetry Olympicsに出演できることになりました。


不在かと思っていた私のギター担当のAlan Roganと連絡が取れ協力してもらったおかげで、技術的なトラブルが解決した。よって私がPoetry Olympicsに出演し、新旧取り混ぜた曲を演奏することを正式に発表する。
Rachel FullerとJerry Hallも出演し、1曲だけ私も彼女達のステージに参加する。
チケットを購入したい人はNEWSページを参照してほしい。
会場で古い友人達に逢えることを期待している。ロックンロール的「Get On With It!」
(※さあやろうぜ!いくぜ!といった感じ?)を詩のようなものに変える?その役目は君たちに任せよう。
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by yukie909 | 2005-09-23 15:41 | diary
2005年 09月 22日
22 September 2005 / The Man - The Real Man,
[原文] 2005年9月22日の公式サイトの日記。
The Man - The Real Man,
Neil Youngの話題です。Peteはblogのプロフィール内「お気に入りの音楽」の欄にも「Neil Young Harvest」と書いています。


Neil Youngがロンドンに来ている。彼は真のアメリカ大使として最も歓迎されるべき人物だ。(彼がカナダ国籍であることはこの際関係ない)特に私のような、ロックンロールに対する自分の在り方を時に見失う人間に対して、彼は大いに刺激を与えてくれる。彼は今までの創造的な活動の中で、何度も大きなチャンスを得てきた。その中で最も大きな賭けは恐らく輝かしき才能の集まりCrosby, Stills and Nashと共にツアーを行う決断をしたことだろう。

私にとって、The Whoの名のもとにRogerとツアーをするのは賭けにはならない。それは簡単で、自然なことだ。考える必要がない。努力して気分良くしたり、心を落ち着けたりしなくて済む。私は自分がどういう立場の人間かわかっているし、チケットを買う人々もどんなライブになるか大体想像できている。最近になってこの状況を心から楽しめるようになった。どのツアーでも毎回どこかしら楽しむことが難しくなる瞬間がある。

創造的な人間が「バンド」として集まると何が起こるかというと、一定のレベルの強さが得られるのと同時に弱さもまた付いてくるものではないかと思う。

Neil は2つのキャリアを両立させている。私はそんな彼を尊敬し、見習おうと努めている。Stingのようになりたいとは思わない(彼が優れた職人であることは大いに認めるところだが)。彼が自分のPolice時代を切り捨てたように、自分のバンドを完全に切り捨てようとは思わない。あれは完全な離婚であり、彼は決して振り返ることをしなかった。また、AC/DCのようになるのも御免だ。息つく暇もなくひたすら同じことを繰り返している彼らに永遠に神の祝福をと願う。

観客が待っていてくれる才能あるアーティストに幸運にもなれた者として、そして男として、私は自分自身に正直でいなければならない。これは厳しい使命だ。神からの授かりものだ。ベッドのどちら側に横たわったか次第で決まるものだ。

私はNeilの家に行ったことはないし、彼も私の家に来たことはないが、彼の音楽を聞くと私達がよく似た人生を送っていることがわかる。子供たち、学校、庭のキャンプバス、湾に浮かぶボート、古い楽器が沢山揃ったレコーディングスタジオ、16ミリのビデオカメラ、トランポリン、水漏れのするビニールプール、農業トラクターに至るまで。それは年とったロッカーが農業をしながら音楽を演奏しているのではなく(それだって悪くないが)、年取ったロッカーが老いてなお何とか成長しようとしている姿を表している。

机に向かって自伝を書いていて(毎日そうしている訳ではない、曲を書く日もあるので)ふと思いついたことがある。もしNeilと私が自分達の尊厳や家族のプライバシーにそれほどこだわらずに、ビデオカメラで普段の生活を撮って放映したとしたら、どのアーティストも皆似たような家に住み、母親がどこかに隠れていて料理や洗濯をしているようなMTVと比べると随分ましなリアリティーTV
(※一般人の現実の様子やプライバシーを撮ったホームビデオで構成される番組)になるのではないだろうか。しかしそのようなことが起こるはずはないと私は自分に はっきり言い聞かせた。私の人生が誰かによってリアリティーTVにされることなどありはしない。

それから昨日、私の所有する大スタジオで、Rachel FullerとMikey Cuthbertが「WHO TV」で若い頃の思い出を語るのに参加した。2人は16歳の時にいくつか曲を作っており、そのうちの荘厳な1曲「You」を演奏した。我々がスタジオでリアルタイムのライブイベントを行うことはほとんどないが、この時はそう計画されていたものだった。彼らとの時間はとても楽しく、あっという間に時が過ぎていった。

当サイトの管理人Matt KentがこのイベントをDVDにして、しばらくWHO TVでループ再生されるように手配している。Rachelはこのようなイベントを近くまた行うことを計画中だ。

一方でNeilと彼の親しい男女が大きな飛行機に乗りロンドンに到着した。彼らがオゾン層に与えるダメージについては大目に見てやらなければならないだろう。それは彼とTom Waitsが週末に家族や友人とバーベキューをする機会を確保しつつもアーティストとしてやりたい仕事をやりとげていることを思い起こさせてくれる。そして私も、彼らと同じくこの離れ業をやってのけるつもりだ。

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by yukie909 | 2005-09-22 15:30 | diary
2005年 09月 21日
21 September 2005 / Poetry Olympics update
[原文] 2005年9月21日の公式サイトの日記。
Poetry Olympics update
まだ出演が不確定なPoetry Olympicsについて。短いですが「新曲ができている」との注目すべき記述があります。


現在、この日曜のPoetry Olympicsに関する業務上の問題を解決する為に努力しているところだ。良い出来の新曲が2曲準備できており、ぜひ出演したいと張り切っている。しかし状況をはっきりさせるのにもう少し時間が必要となる。イギリス時間で金曜(9/23)の昼に出演するかどうかを発表する予定だ。何事が起こっても、もし私を見るためにチケットを買い、私が出演をキャンセルした為にそれを使わなかったとしたら、未使用のチケットは私の将来のソロイベントで使えるように取り計らおう。
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by yukie909 | 2005-09-21 15:28 | diary
2005年 09月 13日
13 September 2005 / Pete Townshend (who he?)
[原文] 2005年9月13日の公式サイトの日記。
Pete Townshend (who he?)
長らく執筆中だった自伝を書き終えたとのことで、その一部を引用しています。


この場所で「The Boy Who Heard Music」という名の小説の連載がまもなく始まる。私はこの物語に2000年9月に取り掛かり、少し前に書き上げた。

しかし自伝「Pete Townshend (who he?)」についてはそれよりもずっと前の1996年から着手している。ここ数年間中断していたが、最近また執筆を再開し、大いに楽しんで書き進めている。ここにその一部分を引用する。
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1952年 母方の祖母、"Danny"と過ごした日々
クリスマスにほんの短い間戻った以外は、その冬をずっと彼女と過ごした。私がDennyと暮らしている時、母の弟Mauriceとその新しい妻 Joyce(背の低い内気な金髪女性だった)がWestgateにやってきた。彼らは私がクリスマスを自宅で過ごせるよう迎えにきたのだ。Maurice 叔父さんは私にとってあまり馴染みのない人だった。若い頃に自分の母と離れ、多くの苦労をしてきたに違いなかった。自分の母Dennyが私に行き過ぎた振る舞いをして、ついには私がめそめそと泣くのを見るのは耐えがたかったろう。彼女は私に対して母親のように振る舞ってかわいがることがあった。彼の心には何も書かれていないキャンバスのような無垢な子供だった私をうらやむ気持ちがあったのかもしれない。その日の空の色はKent州だけに見られる独特の暗い灰色だった。私は叔父の三輪モデルのスポーツカー、モーガンの運転席後ろのスペースに無理やり体を押し込めていた。キャンバスルーフのため凍える思いだったが、家に帰れる喜びに心が躍っていた。あるジャンクションで叔父は少し道に迷いエンジンを止めた。彼が地図をじっくり見ている間、屋根のキャンバス地の隙間から風が不気味な音を立てて吹き込んだ。「まるで」Joyce叔母さんが身を震わせて叫んだ。「戦争の時のサイレンや、爆弾の音みたいだわ」叔父はその言葉に何も言わなかった。ただ目を上げて風の音に聞き入り、頷いてまた地図を見始めただけだった。その時の荒涼とした雰囲気は今でも私の中から消えない。

ロンドンはかつて見たことないほどのひどいスモッグに覆われていた。その冬にロンドンとその郊外では2000人が亡くなった。私は喘息持ちの子供ではなかったが、家に帰って両親と過ごしたことで失ったものがあった。健康だ。FileyとClactonで休暇を過ごしたところ、母がひどい風邪を引いた。彼女はひどく苦しみ、6歳になったばかりの私もすぐに風邪と流感と気管支炎に冒された。誰もが私のいつまでも続く鼻水は感染症によるものだと考えた。

10年近くも後になってから検査を重ねた結果、それが重度の猫アレルギーによるものだったということがわかった。 Dennyは猫を飼っていなかった。よって私が彼女と住んでいた時、また休暇で訪れていた時、くしゃみが出ることはなかった。ゼーゼーと喘息のような息をすることも、鼻水が(当時の私の鼻は小さくかわいかった)止まらないということもなかった。両親の家に戻った時の私はまるで正反対だった。Actonの家で私が使っていたベッドは私がいない時には猫が(時には数匹)使っていた。私が眠っていた部屋は家族部屋に変わり、いつもドアが開け放たれていた。私は猫が大好きで、夜にはいつも1匹ベッドに連れて行った。母が飼い猫の1匹に子供を産ませた為、1ヶ月か2ヶ月の間は家中で猫たちが歩き回っていた。肌を掻くといつも赤くみみず腫れのようになった。呼吸が浅くなり、深く眠れずに何度も目が覚め、とうとう体に様々な悪い症状が起こるようになった。母はよく野良猫を家に連れてきたが、そのうちの何匹かは母が与える餌を少ししか食べず、明らかに他に何人も飼い主がいるようだった。私のベッドがそのような猫たちの気ままな寝場所になった。特にかわいがっていた1匹を抱きしめて顔をすりよせると、息切れがして鼻水が止まらなくなり、気がおかしくなりそうなほどの脱水状態に陥ったこともよく覚えている。私は自分の体調を悪化させる原因そのものを抱きしめてかわいがっていたのだった。信じられないことだが、当時アレルギーについての理解は少なかった。猫アレルギーの存在などというものはまだ疑問視されていた。それを純粋なアレルギーによる反応ではなく、猫にたかるノミに対する嫌悪感によって生じる拒絶反応だと考える人も多かった。
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これが気に入ってもらえるといいのだが。きっと更に面白く読めるものになるだろう。

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by yukie909 | 2005-09-13 15:23 | diary
2005年 09月 11日
11 September 2005 / Closer
[原文] 2005年9月11日の公式サイトの日記。
Closer
Dr Vint Cerfについての日記。同じ内容がblogにも掲載されていましたがすぐに削除されました。
恐らくこのニュースを受けて書いたのではないかと思われます。
グーグル、またも大物獲得--今度は「ネットの父」V・サーフ


Dr Vint Cerfの名を聞いたことがないという人は多いかもしれない。(彼は1970年に、コンピュータとネットによるデータ通信の真の力をついに解き放ったプロトコル・コードであるTCP/IPの誕生に尽力した人物だ)1985年、私はRoyal College of Artにて、インターネットがいかに音楽ダウンロード(良い点)及び児童ポルノ産業(悪い点)を助長する可能性に満ちているかに関する予言的な講義を行った。しかし私の話に耳を傾ける人は誰もいなかった。私が講義をしているまさにその時、シリコンバレーの会社数社がやがて来る革命の為の準備を進めており、簡素なモデムを使いTCP/IPプロトコルを使う為のソフトウェアを制作していた。
先見の明があり、なおかつ心優しく公正な考えのできる人物であるDr Cerfは、2004年1月にBBCにこう語っている。
「もし貴方が、インターネット上で見られるものが良いものばかりであるというだけで『インターネットは良いものだ』などという浮世離れした考えを持っていたとしたら、それは誤りだ」
「インターネットは我々の社会を映すものだ。我々の目に映るものを反射する鏡だ」「もし我々がその鏡に映るものを気に入らないとしたら、鏡を直すのではなく、社会そのものを直さなくてはならない」

今日はそのことについて考えるのに適した日だ。

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by yukie909 | 2005-09-11 15:11 | diary
2005年 09月 07日
7 September 2005 / Whatever happened to all that lovely hippy shit?
[原文] 2005年9月7日の公式サイトの日記。
Whatever happened to all that lovely hippy shit?
blogおよびdiary上において小説「The Boy Who Heard Music」の連載をはじめることを伝えています。タイトルはPeteのソロアルバム『PSYCHODERELICT』の最終部分に入るナレーションから取られています。
ほぼ同じ内容の文章がblogとdiary両方にアップされましたが、blogの記事の方は後に削除されました。


The Whoの2000年USツアーで2期に差し掛かった頃、我々はフロリダにしばらく滞在し、心を落ち着けて太陽と潮風を楽しむことにした。9月24日の日曜、私は「The Boy Who Heard Music」というタイトルのラジオドラマの初稿に取りかかった。

続けて、ラジオ、映画、そしてテレビ用の様々な形の台本の原稿も作り始めた。ネット放送による簡単な演劇イベントも頭の中にあった。2002年の2月と3月、従来の短編小説よりはやや長い「中編小説」と呼ぶべきものを6週間かけて手書きで仕上げた。

来たる9月24日の土曜、大西洋岸のフロリダで物語の概要が誕生してからちょうど5年が経つ記念日に、インターネット上で「The Boy Who Heard Music」の小説の連載を始めたいと思う。

これは私の公式サイトのdiaryページにてテキスト形式のみで行われる。そして、読んだ者がそれに対するコメントをポストできるようにblog(boywhoheardmusic.blogspot.com)でも同様に連載する。きっとThe Whoファンには楽しんでもらえることと思う。この物語は色々な形で私の虚栄心のあらわれとなるだろう。私の最高のアイデアが姿を現すだろうが、同時に最低のアイデアも露見するだろう。

よって、9月24日になったらまたここを見にきてほしい。最初の連載のポストは標準時で16:00に行う。ここUKなら17:00に、ニューヨーク時間なら12:00に、日本時間なら2:00になるだろう。

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by yukie909 | 2005-09-07 15:05 | diary