2007年 03月 07日
7 March 2007 / One
[原文] 2007年3月7日のブログのポスト。
One
回想録の抜粋、簡略版の1です。


私は1945年5月19日に生まれた。1946年の夏の終わり、陽の光が降り注ぐビーチで座っていたことをおぼろげに覚えている。周りにいる人々の香りがした。潮風、砂、そよ風、太陽。突然私の両親が2頭の馬に乗って現れ、アラブ民族のように砂を撒き散らして、幸せそうにこちらに手を振った後に去っていった。私はその頃生まれて15ヶ月ほどだった。その出来事によって、私は現実の世界に住むのはやめようと決めた。現実などちっとも好きではなかった。

私の曾祖父母と祖父母たちは誰もが第一次世界大戦の恐ろしさを前線で、また家で目にしている。世界が終わりに向かっているという恐れに満ちた世の中で、若い恋人達がお互いを求め合うのは自然の成り行きだった。私の父の両親にあたるHoraceとDorothyはコンサート・パーティで演奏していた。彼らは私の父を授かったことでその浮かれた暮らしを休止し、忌まわしい戦争の最中、1917年1月18日に私の父Clifford Blandford Townshendが生まれた。十代の頃、父は反抗の道を選んだ。まだハマースミスにあるLatymer Upper Schoolの生徒だった1932年に、彼はバンドに加入した。父が選んだのはボトル・パーティの世界だった。この集会は必要もないのにアメリカの禁酒法時代(1920—1933)の「もぐり酒屋」をイギリス式に真似たものだ。イギリスでは禁酒法なんてものは一切行われていなかった。彼は学生のうちからそういった品の悪いパーティで演奏するようになり、そのせいで深刻なトラブルに巻き込まれていった。当時は誰もが煙草を嗜む時代だった。時にはそれで巻き起こる紫煙の中を通らなければならなかった。洗練や格好良さ、愉快な気分といったものが死や戦争、消滅に対する恐怖を目立たなくした。煙草の煙でできた雲と革新的なポピュラーミュージックの両方に大きな問題が潜んでいた。昔と変わらず、不安を落ち着かせるのにはセックスが最も有効な対処法に思われた。イブニング用の礼装をまとい洗練された姿の男性も内心そのような思いを抱いていた。

[PR]

by yukie909 | 2007-03-07 23:40 | Memoirs


<< 15 March 2007 /...      7 March 2007 / ... >>