2012年 09月 30日
'Who I Am' book review by Rolling Stone
[原文] 2012年9月28日のRolling Stone公式サイト掲載の記事。
Book Review: Pete Townshend's 'Who I Am' Could Be the Most Conflicted Rock Memoir of All Time
何年も前から書いてる書いてると繰り返していた自伝がようやく発売となります。『ローリング・ストーン』誌で星4つ半を獲得した書評を訳してみました。管理人も一ファンとして予約していますが、544ページというボリュームを読みきれるかどうかちょっと自信がありません。それでも本人曰く「1,000ページあったのを削った」とのことです。


これまで長く音楽によって自己をさらけ出してきたピート・タウンゼンドだったが、引き出しにはまだ秘密を隠し持っていた。そしてとうとう『WHO I AM』にてそれを解禁する。長く待たれていた彼の自伝は実に深く掘り下げられており、そこまで自分を痛めつけて良いものかと思われるほどに率直な内容となっている。ロックの神と崇められる彼が、人間としての弱さを洗いざらいぶちまけた。本書で見られるタウンゼンドの姿は終始傷つきやすく、特に幼い頃に受けた性的虐待のつらい思い出はその最たるものである。親にそばにいて守ってもらえずに加害者のなすがままにされた、そのような幼少時の経験について、彼はイギリスの戦後世代の象徴と見ている。このトラウマは1969年の『トミー』の成功へと繋がった。しかしそれによって生まれた怒りや恥辱感、自分には価値がないという感情は、努力の末に音楽界で頂上にのぼり詰めた後でさえも、彼の胸から消えることはなかった。

タウンゼンドはザ・フーがホテルの部屋を壊し続けた日々やキース・ムーンの狂気に関する多くのエピソードを挙げている。また、ドラッグやセックス(『ミックは私がファックしたいと真剣に願った唯一の男だ』、等)についてもざっくばらんに語っている。空いたグラスと割られた鏡の数は相当なものである
(※empty glasses and smashed mirrors、Peteのアルバム名や『トミー』とかけています)。しかし彼はロックスターの神話が失われることを恐れてそうした訳ではない。むしろ自身の欠点や矛盾(「怒れる不良少年」として荒々しくギターを弾くステージでの自分とそれに対する内省的な作曲家の自分、精神的な求道者としての自分とそれに対する快楽主義的な麻薬中毒者の自分)を探ることで祭り上げられた状態を止めたいと願っているかのように感じられる。彼はコカインと酒に溺れて何年も無駄にしてもなおミハー・ババの信者となった。彼は語る。「精神的に何かを求めようとしても、あまりにも世俗的な野望に常に周りを囲まれ、懐疑主義と両面性に傷つけられ、そして性的な渇望を抱え込んでいた……正直に言って完全なろくでなしとして振舞うことだってできた」

彼は古くからの仲間達についても綴っている。ロジャー・ダルトリーを「自他共に認めるリーダー」とし、ジョン・エントウィッスルについては懐かしい日々の思い出と共に振り返る。「2人で話していると、いつも安物のギターを手にしたアクトンに住む13歳の少年の頃に戻ったようだった。フィッシュ&チップスを食べながらシャドウズのように売れっ子になることを夢見ていたあの頃に」
また彼はザ・フーがライブ・バンドとして高く評価されていることを誇る。ビル・グレアムのプロモートによりメトロポリタン・オペラ・ハウスで『トミー』の公演を行った際、バンドがステージから下りるのを観客が許さなかったというエピソードでは、タウンゼンドは楽屋でこう豪語した。「ビル、俺達をステージに上げるのは簡単だ。下ろす方がずっと難しいぜ」

しかし彼は自分の功績をずらずらと並べ立てたい訳ではない(例えば自身の傑作であるソロLP、1972年発売の『フー・ケイム・ファースト』についてはたったの一言も触れられていない)。その代わりに、彼は自分の欠点と不安定さを認めようと努めている。80年代前半、バンドがキース・ムーン抜きでやっていこうと足掻いた後に、タウンゼンドは気が変になりそうだと感じていた。彼の言葉を借りると「私はパーティ好きな男、名誉あるパンクの遊び人兼年長の指導者として振る舞い始めた……マフィアのようなだぶだぶのスーツと厚底の靴を履き、薄くなった髪をロックンローラーっぽく頭の上にかき集めてね。私のダンスはなかなか上手かった。イディオット・ダンス
(※60年代後半に流行したダンスのスタイル。その場で立ったまま腕や手を激しくくねらせたり、振ったりする。キンクスの曲にも登場)はもうやめにして、クラッシュのミック・ジョーンズやポール・シムノンみたいに踊ったんだ。当時私は34歳で、まだ若かったからうまくやってのけることができた」

だからといって、ピート・タウンゼンドのことを彼を愛する内気な十代のファンと同じぐらい自意識過剰だと考えるのはおかしな話だ。彼は一人のアーティストとして、男性として、父親としての自分に深い疑いを抱いてもいる(本書には80年代前半に彼の娘から送られた、ラジオで『ユー・ベター・ユー・ベット』を耳にしてパパを恋しく思ったという悲しいメモ書きが紹介されている)。誰もが彼の文体をあまりにも格調高いのではと予期していたことと思うが、そんなことはない。青い瞳の裏側で悪い男になること、悲しい男になることはどのような気分なのか、恐らく誰にもわからないだろう
(※『ビハインド・ブルー・アイズ』の歌詞の引用)。しかし『WHO I AM』こそは私達が彼に近づくことができる最良の手段である。
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by yukie909 | 2012-09-30 01:47 | Memoirs


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